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2003/08/09

映画『ターミネーター3』を観たぞ

 まず、こんにちわシルバーマン先生である。精神科医ペーター=シルバーマン先生は、ご壮健だった。快なるかな。
 8月8日、せっかく観るなら気に入った映画館にしようと、有楽町の日劇に「ターミネーター3」を観に行って来た。

 機械の蜂起に、未来から送り込まれたT-Xによるウィルス攻撃が影響していたことが描かれる等、時間の円環の中に多重に囚われた物語としての再帰的な構造に、なかなかグッと来るものがある。
 いろんな意味で気に入ったところも在り嫌なところも在る映画だが、せっかくのハリウッド・アクション。できるだけ大スクリーンで御覧になることをお薦めする。あと、絶対買うベシなのが、700円なりのパンフレット。長野寿彦・柿沼秀樹・金子隆一の三氏の解説3本立ては、今後、この映画のみならずターミネーターシリーズ全体を語る時の基本テクストになるであろう、示唆に富む内容だ。特に柿沼秀樹氏の余りにも量が有り過ぎて行間ツメツメの、ビジュアル的に死ぬ程読みづらい(いったいどんな人がレイアウトしたんだ? 編集は何をしていた?)文章は、ジョン=コナーの存在が、このシリーズにとってなぜ重要なのかと言うことを深く考察している。必読でっせ!

■■ ここから先、ネタばれ在ります。 未見かつワクワクして映画を観たい人は、避けた方が良いかもしれません。■■ 

 お話は、またもや未来から送り込まれた新たなるターミネーターが未来世界における反乱軍の要人を殺しはじめ、それを阻止するために新たな戦士が送られて来ると言う、もはや「いつもの流れ」だ。過去の作品の流れを踏襲しつつ、拡大再生産してみせる続編として、この映画は大いに楽しい。アクションシーンは、サイバーダイン社破壊なんて目じゃないぐらいド派手に進行している。いつもの名台詞や、お定まりのシーンは、より一層効果的に、一層過激に、描かれている。ザ・ハリウッド・エンターテイメントというべき王道の造り。楽しい。
 しかし、今までと大きく変わる部分がある。それは、戦争が始まる遥か前に、密かに今夜、決戦が行われるのだ……。というスタンスではないこと。つまり、この映画が、タイトルどおり、機械たちの蜂起を描いている点だ。
 ただ、「こうして来い」と言われて送り込まれた未来の戦士が、ミッションクリアして死んでゆくと言うコンセプトは変わっていない。今回も、ミッションコンプリートだった。
 しかし、大きく異なる点も在る。とくに、二作目と異なる点だ。二作目で、サラとジョン親子は、ターミネーターのもたらした未来情報を得て、それを変えるべく、具体的に言えば核戦争につながる路を閉ざすべく、行動し、それに成功する。戦いを通じ、チームとしての友愛すら生まれたT-800の犠牲を払ってまで、それは成された。
 今回、人類側の送り込んだ戦士T-850(シュワちゃん型ターミネーター)のミッションは、第一に、ジョン=コナーとその副官となるケイト=ブリュースターの命を護ること。第二に、その他の、後に人類側の主立った戦士となる人々を護ることだった。第二の命令に関しては間に合わなかった面は在ったが、少なくとも、第一の命令はクリアしている。しかし、何か爽快感が無く、理屈は通っているのに何か気に入らない感覚が残る。理由は判っている。未来から来た戦士は目標を達したが、主人公の二人は、自分達の意志を全て空回りさせ、いいように行動を制御されているからだ。
 後半三分の一の主人公たちの疾走と戦いが、人類を救うと言う意志に突き動かされていたにもかかわらず、じつは、自分達二人を安全な場所に移すために上手く騙されて誘導されていただけだったと言う事実が、観客を疲れさせる。これは、ターミネーターシリーズ初の、主人公が目的を達せず挫折するストーリーなのだ。当然、ジョン=コナーの生存なかりせば、人類は核戦争とそれに続く機械の支配から逃れることはできず、最初の1984年の時点で、サラ=コナーのもとに、兵士カイルが時間を超えてやって来ることもなかった。つまり、物語が始まらなかったのだ。ジョンこそ最大のキーパーソン、最も生き残るべき人であることは間違いない。
 むろん、その前提は確かに在るのだが、今回は、ジョンの意志とターミネーターのミッションが微妙にずれていただけと言うよりは、映画としてのストーリーと、SFとしての設定や物語としての世界観からの欲求が、どこかミスマッチなものを残してしまっていたと見えて仕方が無い。悪く言ってしまえば、物語の構成が根幹の部分で良くないのだ。今までの二作では、単に生き延びたい、殺されたくないと言う本能的な意志であるにせよ、主人公たちの思惑と物語の要求する彼らの行動が一致していた。しかし、今回、身を粉にしても戦争を止めたいと言う意志を持っていたにもかかわらず、彼等は「戦争は不可避」と知る一派(といっても、未来の自分もその中に入るのだが)によって、いいように操られ、思ってもいない行動を取らされている。これが許されるのは、本来、物語中盤までのエピソードだ。つまり、主人公がそうしむけた人々の意志を理解し感謝しながらも、釈然としない想いを抱いて立ち上がり自分の意志を通すことになるキッカケとしての、心の置き石としてならこのストーリーは有りだろう。しかし、そこで終わってしまっては、観客は、心に置き石を残されたままとなり、開放感が無いのだ。
 これをして、第四作目を造るための布石と見る人も居るようだが、さて、どんなモノであろうか。次回作を造るための要件は、今回のヒットが必須だ。重い置き石を残されたままのジョン=コナーの鬱屈が解放される日は、はたして来るのだろうか。

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