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2003/10/31

レッテルを貼る……、いや、ラベルを貼るぞ

 Mac OSX 10.3 Panther のウリの一つに、ラベル機能の復活というのが上げられていた。Mac OS-9 の頃は、普通に使えていた機能で、書類やフォルダに、8色の色を着けることが可能で、色をつけないものと合わせて9種類に、色で分類が出来る機能だ。単に、眺めた時の視認性が良くなるだけではなく、たとえば、『「地図図版-」で始まるファイル名で、「重要」の赤いラベルを付けたもの』などという形で、ファイル検索を掛けられるなど、コンピュータの使い勝手に大きく関わる、いかにもMacらしい、GUIを活かした機能だ。さらに、色毎に「重要」「緊急」「個人用」「終了」などの、色の意味を付けることが出来、個人的な自由度が高いことも便利さの源だった。今回、約二年ぶりに、この機能が復活した。
 ところが、現在私は、アップル純正のFinderを使っていない。今使っているのは、Path Finder としう名前の人気シェアウェアで、これには、前々から、ラベル機能があった。というより、OSXで失われたラベル機能を復活させたことが、ウリの一つだったのだ。ところが、このラベル、色が固定、色の意味が付けられないなど、いまいち使い勝手が良くなかった。
 ありがたいことに、新しい Panther の Finder でラベルで付けた色の意味は、このPath Finder でもちゃんと表示される。やた〜! 勝った〜。と思ったのも束の間、Finder と Path Finder では、ラベルの色、ちゃうやん!

 く。く。く。く……。参った・・・。まあ、あまり使わない色が変わるだけだから、なんとか凌げるが……。早く摺り合わせて貰いたいものだ。

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2003/10/30

また男四人で飯を食ったぞ

 ダイナ☆コンの翌日の2003年10月27日月曜日。プリン野郎こと塩坂くんの依頼で、彼の友人のiMacのセッティングに行く。古いiMacなので、Mac OS-9で動いている。もうあまり使っていないOSのため、記憶を奮い起こしてフリーウェアを探し出し、なんとか便利そうなシステムに。
 ゆうべは、真夜中に起きて猛然と、自分のマシンに買って来たばかりの Mac OSX 10.3 をインストールしたばかり。毎日OSをインストールできる喜びである。
 昼過ぎにお邪魔して、家主が仕事のイラストを描いている横で、黙々とインストールを続ける。プリン野郎こと塩坂くんは、家主のDVDコレクションを漁って、BGVとして流している。結局、上がったのが10時過ぎだったから、7時間ほど座り作業をしていたらしい。
 メシも喰いたいけど締め切りがアレなので原稿上がってからにするわと言う家主を残し、プリン野郎こと塩坂くんに送ってもらう。なんか、このところ、ずーっと乗っている塩坂号に乗り込む。仕事でコンテンツ部品を作った映像配信システムがあるから、ガストでも行こうかという話でまとまりかけた所で、プリン野郎こと塩坂くんが「そういえば、真庭、元気になったかなぁ?」と言い出す。
 なんだか、昨日の名古屋からの帰りの車の中で、真庭くんが気持ち悪くなったらしい。そこで、プリン野郎と古市くんは、閉め切った車に真庭くんを残し、焼津の魚センターの中に食事に出た。二人が戻った時、炎天下の閉め切った車に一時間閉じ込められていた真庭くんは、本格的にへろっていたらしい。
 「だから心配で……」後で心配するぐらいなら、放っておくなよ〜。
 とりあえず、状況を確認とした方がいいなということで、真庭くんに電話。調子はいい様子。メシ喰わないかと言うと二つ返事でOK。二〜三十分で迎えに行くと言うことで、彼のアパートの至近コンビニへ。どうせならということで、近くに住む古市くんも呼び出し、デニーズへ。
 かくして、四日続けてこの男四人が顔を合わせる。いいかげんダメダメな雰囲気である。
 さすがに、軽い昼飯の後、真夜中まで何も飲み食いしていなかったので、さすがにセットメニューでは少し喰い足りないし、話も興が乗って来たので、サブメニューを追加。少し風邪気味だった神北はオレンジジュース。真庭くんも飲み物。重労働のバイトから上がったばかりの古市くんはパフェ。みんな思い思いに追加する。そして、プリン野郎こと塩坂くんは、プリンだった。
 ここでプリン喰うぐらいなら、あの時、焼津で喰えよ〜〜。

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結婚パーティーは人生勝ち組と犯罪の香り(?)だぞ

 2003年10月26日日曜日。神北は女房と二人で、名古屋駅に立っていた。特にお土産を買うワケでもなく、急いで新幹線改札を目指す。と、その途中で、異様な物を見つけた。巨大な、ケーキのディスプレイモデルらしいのだが、すごい形をしている。ボン・ヴォヤージュというお店。目を横のショーケースに転じると、いましたよ。そいつは、全長12〜13センチかな。基本はシューを使ったケーキなのだが、ホイップクリームの目があって、ヒレが付き、シッポをぴーんと振り上げた姿は、モロにシャチ。その名をシャチボンというらしい。名古屋で金のシャチホコと言うのは、御目出度い吉祥のなかでも、特に目出度いものだから、これは目出度いケーキ。しかも、シャチホコは、雄と雌のツガイで一組。こりゃ、結婚のお祝いに相応しい。
 ソッコーで、お土産にする一組と、新幹線の中で自分で試してみるための一匹の計三匹を購入。一日80個限定の人気商品だけど、まだ午前中だから、なんとか買える。平井さん、これ渡されても困るかもな〜と思いつつも、買ってしまうのが、悲しい性? 新幹線改札脇のスタバモドキでコーヒーを買い、いざ新幹線へ。時間的に少ォし余裕があるから、こだま自由席でのんびり座って行くことも考えたが、ひかり自由席が座れそうだったので、乗ってしまうことにする。
 新幹線の中でシャチボンを開け、コーヒーをすすりながら女房と食す。しっぽとヒレは、固く焼いたシュー。体はシュークリーム。さすが80個限定! ……てぇ言うほどではないかもしれないが、あっさりしていてまずまず美味しい。しかも、笑える
 シャチボンを食う夫婦を乗せて、ひかり号は一路東京へ。さすがにコンベンションの疲れか、ぐっすりと寝入る。
 東京駅で降りる予定を変更し、品川で降りる。特に意味はない。ただ、新駅を見てみたかっただけ。品川新駅は、表示機器がほぼすべて猛烈に輝度が高いLED表示になっており、ギョっとさせられる。青色発光ダイオード様々だ。意味なく感心。
 東京行きのひかりを、わざわざ品川で降りて、京浜東北線で東京に、東京駅のロッカールームを探し歩いて、漸く一つの空きコインロッカーを見つけ、コンベンションの荷物をコンパクトに詰め込む。日曜日の東京駅はロッカー無さ過ぎ。どうでもいいコンコース潰して、もっとコインロッカー作って欲しい。
 身軽になった夫婦は、パーティーの前にどこへ行くか? そりゃ決まってますがな。二駅隣の秋葉原。前の日にMac OSX 10.3 Panther が発売になったばかり、予約はしてあるのだが、名古屋に出かけていたので取りに行ってなかった物を確保。うむ。新しいOSを買うって、盆と正月が一緒に来るぐらい嬉しい。特に、Mac OSX は、前のバージョンの 10.2 など、ほとんど初期不良無しに作動したから、安心してニューエディションに移れるのが嬉しい。

 さて、結婚パーティーだ。
 式と、親戚を含めた披露宴は、昼間に済ませ、夕刻にセッティングされた二次会。
 飛び入りがお一人。新郎の従兄弟。なんと、新井素子ファンクラブに入っている新郎よりよく読み込んでいるファンだったことが披露宴で露見して、そのまま拉致されて来たらしい。SF大会の仲間をはじめ、仕事仲間や、いろいろな活動で知り合った仲間が集まっている。
 開宴の五時になったが、名古屋で別れたプリン野郎こと塩坂くんは、会場に現れない。やはり、東名高速の渋滞に巻き込まれたのだろう。早く、第二東名を完成させ、日本の大動脈を快適にしてもらいたいモノだ。間に合うのか、プリン野郎。
 パーティーは、いくつかの企画を挟みながら続く。しかし、ある瞬間から、大変なことが見えてくる。新婦の会社の上司・同期・後輩の席が、片端から賞品をゲットしてゆくのだ。一方、SF大会の仲間はほとんど取れない。特に、最後のじゃんけんになると、ほぼ確実に負けて行く。
 あれが、勝ち組企業というものなのかぁ!
 「もしや、入社試験はじゃんけん?」という発言が飛び出すほどの勝ち組ぶりであった。
 つつがなく式次第は進行し、幹事にお願いしたシャチボンも新郎新婦の前に出してもらい、プリン野郎もなんとか間に合い、ついにラスト、出口で新郎新婦からの贈り物をいただいて送り出されるという、恒例のイベントだ。引き出物に、新郎新婦の略歴と新居のアドレスが書いてある奇麗なパンフが添付されていて、趣味がいい。さすが平井さん。お二人の略歴を見ると、お、こんなに年が離れているのか! 犯罪スレスレ??
 いや、我が家が同い年の夫婦なので、そこそこ年の離れた夫婦というのが、ちょっち羨ましいだけなんですがね。
 お幸せに。

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2003/10/29

ダイナ☆コン18に参加したぞ

 ダイナ☆コン18である。
 今を去る21年前、1982年のある夏の日、神北が思い立って始めた、ダイナ☆コンである。途中、3回のお休みを挟み、また、小型版である「ちいナコン」などを繰り返しつつ、1989年には日本SF大会ダイナ★コンEXも開催した、ダイナ☆コンである。
 20年を経て、今年も、百数十名の参加者が集まる。ありがたいことだ。
 ダイナ☆コンの会場、今は、三つ目の場所で、宗教公園五色園という。
 五色園とは何か。それは、浄土真宗のお寺の宿坊を、一般に開放した施設である。
 宗教公園とは何か、それは、風光明媚な園地のそこかしこに、親鸞上人の生涯を飾る数々のエピソードの名シーンを立体化したコンクリート製の等身大像が置かれており、居ながらにして、浄土真宗の誕生するまでのエピソードを知ることが出来ると言う、夢のような公園なのだ。もっとも、設置から何年もたった等身大コンクリ像は、夕刻から夜にかけて、薄灯りの中でみると、剥がれかけたペンキの風合いと相まって、夢見るぞという感があったのだが、今年は、念願叶って、ペンキのお色直しが施され、その結果は……。よかったら、行ってご覧になってください。特に夜。
 ハイ、我が家の宗派です、浄土真宗。親鸞様、尊敬申し上げておりますよ。ハイ。
 当然なのか偶然なのか、ダイナ☆コンでは、この会場に移ってから、バチあたりな恐い話の部屋がなくなった。偶然ですよ、偶然。

 今回は、オープニングの前に、初心者の部屋を頼まれている。そこそこの数用意して行ったレジュメもちょうどいい程度に使えた。基本的に、いかにコンベンションに馴染んでいけば良いか。いかにファンダム活動を続けてゆけば良いかということなのだが、例をとって話そうとすると、いつの間にか、昔話になっていたりする。まあ、なんとなく話して何となく終わる企画だ。参加者の皆さん、ダイナ☆コン楽しめた?

 その企画の後、オープニング、夕食、企画へと続いてゆく。
 ずいぶん久しぶりに、ゲスト参加している渡辺英樹くんに会う。最初のダイナ☆コンから手伝ってくれた仲間だ。すっかり、いい先生という風貌になっている。
 往時の何かと言うとツルんでいた頃と比べるとずいぶん久しぶりに笹本祐一くんに会う。宿はあるんだから札幌遊びにこいよと誘われる。一度行きたいねぇ。
 残念ながら、横山信義さんは、ゲスト参加断念、軽く体調を崩したらしい。軽く崩した後、復帰して来た所へ、担当編集から「ちょっと良くなったからって遊びに行ったりしないで下さいね」とクギを刺されたらしい。売れっ子も大変だ。
 久しぶりに陰山琢磨くんに会う。人外境の仲間で、かつ、S年F組授業ライブの講師だから恩師でもある。彼の作品に地図を入れたりもしているから、仕事仲間とも言える。このあいだ、名古屋に引っ込む前は、何年か同じ市内で歩いて行ける距離で暮らしていた。もっとガシガシ書けよとハッパ掛ける。独自の目線でメカと人を書く、もっといっぱい作品を出してもらいたい作家だ。
 高木正輝くんに会う。ダイナ☆コンの実行委員長も勤めたことのある男で、来年の日本SF大会の実行委員長だ。職場のリストラに巻き込まれて大変な目に遭っていたのが、やっと復帰して来た所だと言う。ガンバレよ。実行委員長なんだから。
 その他、プロ・アマ含めていろんな人に会う。Macの話もする。SFの話もする。消息情報やゴシップの話もする。SF大会の話もする。いろいろな話がごちゃ混ぜになっている。それがダイナ☆コンだ。
 結局、ヒトコマ目の企画の後、ずーっとPXに居座る。途中で、井上博明さんの新作アニメの企画に顔を出すが、既に見ている神魂合体ゴーダンナーの話だったので、早々に引き返す。結局、四時か五時ぐらいにダウン。でも、寝部屋には、十数人の同室者がいる筈なのに、4人しかいない。みんな元気だ。
 七時半頃に目を覚まし、朝メシを喰う。みんな虚脱したような顔で飯を喰っている。いつものダイナ☆コンだ。この日は、いつものダイナ☆コン帰りと違い、夕方に東京で今年の日本SF大会のスタッフ仲間の平井さんの結婚祝いのパーティーがあるので、背広を着る。とはいえ、ブレザーだし、ワイシャツのように見えるものは量販店のワークシャツだ。久しぶりにネクタイを締める。なんか、締め方が下手になっている。締め方を忘れることは無いが、前と後ろのバランスがスイッと取れない。昔は他事をしながらでもススイと締められたのに、十年以上締めない生活が続いているとカンが鈍る。
 急いでクロージング会場に行くと、セレモニー前の最後の企画、名古屋是清・かめよめ夫妻による、ゲゲボドリンクだ。今回は、百種類のゲゲボを羅列したリストを書き出し、次々に呑んで行く。かなり多くの人が参加しているそれを、ちょっと離れた所からぼーっと見ている。 そうだっ! あることを思いつく。韓国旅行で辻堂くんが土産に買って来た、韓国産のファイト一発ドリンクを、鞄から取り出す。それを手に、名古屋君の立つ壇上へ。簡単な説明をして渡してくる。
 後で聞いた話だが、同じドリンク剤を貰った古市くんは、「しまった!」と思ったらしい。自分のも供出しようかと思ったが、それの入ったカバンは遥か遠くの駐車場の車の中だったそうだ。
古「これって、どんな時に飲みます?」
神「仕事でへろへろになって、まだ一仕事残っていて、イザって時だよね」
古「で、イザへろへろって時に飲んで、もっとへろへろになったらどうなると思います?」
神「薬が体に合わないってことは、間々あるからなぁ。そうなったら寝るわな」
古「じゃ、飲めないですよねぇ」
神「辻堂のやつも、韓国価格で一本四百円もするから効く筈だって主張する以外、特に効能を知っている風でもなかったからなぁ」
 かくして、辻堂くんの、謎のドリンクの効能は、謎のまま残ったのである。試してみたい人は、名古屋くんに声を掛けてみて欲しい。

 名古屋くんのゲゲボ企画が終わると、クロージング。がんばった人を褒めたり、いろんな賞品や景品が配られたり、賑々しくイベントのラストを飾る。
 イベントが終わったら、ゆっくりと名残を惜しむのが、正しい楽しみ方だが、今回はそう言うことは行っていられない。もう一本、平井さんの結婚パーティーに出ると言う大仕事が残っているからだ。パーティーに確実に間に合うために、帰りは塩坂くんたちとは別れ、女房と二人で新幹線に乗ることになっている。
 駅まで井上博明さんと一緒に、ダンナの車に乗せてもらう。ダンナは、高校時代からの友人だ。なんでかはよく知らないが、高校時代からダンナと呼ばれている。かくして、車は一路名古屋駅へ。

 かくして、神北、古市、真庭、プリン野郎の男四人旅の話は、終わりを告げたように見えるが、まだ続く。

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大須サイバーシティにメイドさんカフェを見たぞ

 大須電気街。東京の秋葉原、大阪の日本橋とならぶ、日本三大電気街の一つ……ということになっているが、実はひとつだけ秘密を持つ街。それは、もともと、古い繁華街に電気屋が集まってきた大須は、勤勉な名古屋商人の努力で、東京・大阪の両電気街どちらよりも、売値が低く抑えられていることだ。それが如実に現れているのが、ソフマップの戦略で、東京・大阪に店舗を広げる大ソフマップ帝国が、名古屋には店舗を置いていないのだ。まあ、別系統での店舗が展開してはいるのだが、とにかく、ソフマップはないのだ。
 なぜこんなことが起こるのか。それは、大須観音・万松寺の門前に広がるこの商店街が、他のどの電気街より古い繁華街として、大型家電量販店などというものが日本に生まれるずっと前から連綿と続いてきていることにも関係する。大須の街は、電気製品一色の電気街ではない。衣料・食品・お食事処、古い門前町の風情を残したままの広大な商店街だ。そこに、1970年代に秋葉原ラジオデパートと上野アメヤ横丁ビルから出店社を募って名古屋進出した大須アメ横ビルをひとつの核とし、じわりじわりと実績をあげて、今や各種ハード・ソフトを置く店がならぶに至ったが、既存の商店を駆逐はしていない。つまり、昔ながらの和装店や乾物屋、歓楽街、日用品店、荒物屋。そして、中部圏最大の質屋まで、ありとあらゆる業種が集まる非専門商店街なのである。
 しかし、近年のパソコンバブル崩壊の影響は、そこにも重い影を落としていた。秋葉原でも、パソコン屋やソフト屋が店じまいした後が、ぽっかり空きビルになっていたり、いつの間にかアニメショップや同人誌屋といった、ヲタク商売の店が幅を利かせていたりして、かつての電気街の面影は失われつつある。ラジオ→ステレオ→マイクロコンピュータ→パソコンやゲーム機→改造用部品・ソフト→関連紙媒体など周辺商品……と進んで来た流れの果てに、フィギュア屋やカード屋・本屋などの、直接電気とは関係ないような店が大きな看板をあげている。この秋葉原と同じ現象が、この街にも起こっている。
 2003年10月25日土曜日、我々はこの由緒正しい商店街に足を踏み入れた。上前津付近のいつもの駐車場に車を置き、大須に入った我々は、はじめ、あまりそういったヲタク向けの店を見かけなかったため、ここはそういった変化から取り残されているのかと思った。だが、バブル絶頂期、増える需要に応えて建てられた筈の第二の砦、第二アメ横ビルの二階が、ガシャポン屋とゴルフ屋を除いて、きれいさっぱり空になっているのに驚かされた。
 ここで、同行の、プリン野郎こと塩坂くんが、「大須には、たしか、メイドさんカフェがあります。昼飯はそこが宜しいかと思います」と、提案。強く提案。他のメンバーの意向を押しのけて提案。……した。しかし、突然思い出しただけなので、調べがついていない。当然、場所が分からない。言い出したプリン野郎こと塩坂くんからは「大須の巫女さん居酒屋には、前に行ったんだけど、酔っていて場所がよく判んないなぁ」という意味ない情報しか出てこない。いったいお前、名古屋でどれだけダメ観光してるんだ?
 最終的に、言い出しっぺのプリン野郎こと塩坂くんは、古い98や68・MSX等のゲームソフトを売っている店で、店員に聞き出した。とある大手チェーンの店舗の二階にあると言う。
 しかし、その店は、今まで中途半端に見て回っただけでも二店か三店あったぞ。全部で一〇店舗近いんじゃないか。その内のどの支店だ? しかたなく、直近の店の店頭で、店の法被を着た店員を捕まえて訊かせる。当然、他のメンバーは恥ずかしいので少し離れている。
 やっと見つけた店に向かった我々の頭に在ったのは、二階にある喫茶店を居抜きで買い取り、大正時代のカフェー風に古風に作りを直し、ちょっとハデ目だけど、ホテルのレストラン等にいるのとあまりかわらない本格的な業務用メイド服を着た女性店員がいるような店……だったのだが、大いにアテが外れた。なんと、ソフトや関係書籍を手広く扱う大きなゲームショップの、二階の本屋の一角に造られたカフェ・コーナーだったのだ。広い入り口から奥を覗くと、メイドさんの服に関しても、コスプレっぽいぞ。しかも、ここは人がいっぱいで、待ちリストに名前を書いておくらしく、「○名でお待ちの△△さま〜」と呼ばれるのだ。うー。
 さすがに、ブリン野郎でもこれは恥ずかしかったらしい。また、見るからに、簡単なケーキとコーヒーしかなさそうで、思ったほどちゃんとした昼飯にはなりそうにない。発案者の塩坂くんが懸案取り下げを願い出たため、我々はちゃんとした食事をするため、大須を後にした。
 昼飯? とうぜん、名古屋らしいものを喰わせましたとも。名駅のスパゲティー屋チャオですよ。ミラカンのジャンボですよ。

 かくして、絶品のソースを味わった神北、古市、真庭、プリン野郎の男四人旅の話は、まだ続く。

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大名古屋温泉に宿泊したぞ

 10月24日金曜日。焼津で巨大プリンを撃退した我々は、一路名古屋へと向かった。当然だが、なにか、醤油味か味噌味の、濃いめのしっかりしたモノが喰いたい。よおし……というわけで、すっかり日の落ちた名古屋市内を巡航し、名古屋駅新幹線地下街エスカの山本屋に、味噌煮込みを喰いに行く。名古屋市内はずいぶん道が変わったり、建物がそっくり建て換わっていたりするから、絶対ある店ということで、新幹線地下街を目指した。ここの山本屋は、神北がどうこう言う必要の無いほどの有名店だが、敢えて言っておく。名古屋コーチンや黒豚でなくても、普通の味噌煮込みで十分美味しいぞ!!
 味噌の濃さと焦げ具合、うどんの固さ、落とした卵の固まり具合。どこをどうとっても正真正銘、正しい味噌煮込みなのが嬉しい。ご飯、漬け物がおかわり自由なのがまた嬉しい。ここの漬け物は食が進むのだ。

 かくして、からいものでプリンの精進落としをした我々は、一路、その日の宿、大名古屋温泉へ向かう。ここのチョイスは、神北のリクエストだ。近鉄・JRの八田駅から歩くか、車なら名古屋の中心から二〇分ほどで広い駐車場が迎えてくれる。かつて、ダイナ☆コンが、開催場所の米川旅館に収まり切らなくなった規模的拡大時に、逃げ込む先として当時の実行委員会が選んだのが、この大名古屋温泉だった。一階が大浴場、二階が大中の広間と食堂、三階が宿泊客室。きれいに構成されたそこに、ダイナコンはかなり長い間留まり、今に続くそのスタイルを確立した。
 しかし、1990年代に入り、老朽化の進んだ建物は、特に三階の宿泊室において、いくつかの雨漏りを抱えることとなった。そして、ある年、大雨の重なったダイナ☆コンの日に、参加者の部屋変更等を含む数々の問題が発生し、ダイナ☆コンは、次の地、現在の宗教公園五色園へと移ることとなる。
 その大名古屋温泉に久しぶりに行ってみよう。大改装の結果をこの目で見てみよう。というわけで、我々のダイナ★コンの前泊は、大名古屋温泉(素泊まり4,500円)になったのだ。
 ほぼ一〇年ぶりの大名古屋温泉は、その様相を一変していた。旧大浴場——あのダイナ☆コンで、名物の真夜中企画『日付変更大水泳大会』が行われた、大人の腹まである深さと、小学校の25メートルプールを彷彿とさせる広さを誇る、あの大浴場——はきれいさっぱりなくなり、新しい食堂が出来ていた。そのかわり、昔、温水プールや駐車場だった部分に、真新しいクア施設が建設されている。新しいクア施設は、サウナ、泡風呂、電気風呂、露天などの各種施設を持ち、新興のいわゆる「温泉ランド」に一歩もひけを取らないバラエティーさを持っている。そして、嬉しいことに、大浴槽の真ん中付近に段差に注意の文字がそう、そこから先は、旧大浴場と同じように、深めに作ってあり、往時を知る者には心持ち小さい気はするが、湯煙で向こう側の壁が見えなくなる程度には巨大な、大浴槽となっている。深さに関しては、神北が両手を中指までピンと伸ばして底に付け、首を上向ければ、なんとか呼吸できるという深さも、ほぼ同じ。嬉しいな〜。
 しかし、二階・三階は、ほとんど昔のまま。壁に描かれた花鳥風月もそのまま。うーむ。時間が止まったようだ。あまり、「うぉー、変わってねー。懐かしー」を連発していたので、部屋に案内してもらった従業員の人に変な目で見られちまったぜ。
 昔のダイナ☆コンを知るひとだけ笑ってください。部屋のトイレ=昔のまま。クローゼット代わりの茶色く塗られた事務所用四連ロッカー=昔のまま。布団入れ用の押し入れ代わりの茶色く塗られた事務所用収納庫=そのまま。強くもたれるとバラバラっとくる昔ながらの壁の塗り=昔のまま。引いてある布団を退けて、企画を始めないといけないような気になってくる。うむむ。この手応えが大名古屋温泉だ。なんだか嬉しいな〜。

 翌日、九時半頃まで(いや、グランセイザーが終わるまでなんですけどね。)のんびりした我々は、大名古屋温泉を後にし、ダイナ☆コンまでのひと暴れと、大須の電気街に乗り込んだのである。

 かくして、神北、古市、真庭、プリン野郎の男四人旅の話は、まだ続く。

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2003/10/28

超特大プリンだぞ

 今年の日本SF大会の実行委員会(……というよりはその前の、2000年・2001年から)の友人、塩坂くん・真庭くん・古市くんの3人と、軽四塩坂号で旅行に出た。旅行の目的は名古屋郊外で土日に開催されるダイナ☆コン18だ。とはいえ、オーナードライバーの塩坂くんの発案で、ゆっくり遊びながら行くと言うことで、前日の金曜日発となった。
 金曜日の最大目標は、焼津市内の喫茶店、カントリーロード。ここや、ここや、ここや、ここや、ここや、ここや、ここや、ここで紹介されている(書いている時点の「焼津 カントリーロード」での、くぐ順。あっさり86件ヒット。)ので、皆さんの労作写真をご覧いただきたい。簡単に説明すれば、「名古屋 マウンテン」「大阪 コロンビア」と並んで比較されることの多い店だ。逆に、そう言って実感の無い方には、大きさを具体的に伝えることはできても、その神髄を伝えることは不可能な店でもある。
 名古屋で大学生活をしまあ、大量に食いはしないが、話しがてらにマウンテンには何度か通い、二十代の終わりだったか三十代の頭に大阪のコロンビアにチャレンジを敢行し(……あと、2センチ、底2センチの溶けたアイスクリームが私を阻んだのだ。(;o;)…… )た身としては、不惑を超えた身体と相談しながらのチャレンジだ。
 さすがに、マトモな昼食をとった後のため、2000円なりの缶詰フルーツが三点ほど載っているだけの非常にあっさりとした「大きな方のプリン」。
 当然、言い出しっぺの塩坂くんはさすがにそれで済ませる訳は無かろうから、4800円なりの巨大パフェ等に挑戦してもらえるものと信じて、伴走のための漢の心意気である。「漢字の『漢』と書いてヲトコ」である。まあ、自力を冷静に判断すれば、どう考えてもここまでは喰えぬ量ではない。

 しかし。

 しか~し!!

 なんということか、塩坂くんは、900円の方の「小さい方のプリン」に逃げたのである。単なる伴走のつもりでウォーミングアップしていたら、スタート直前に突然、「君が代表だから、国の名誉が懸かっているからね」と言われたようなものだ。
 そんなのアリですか?塩坂くん。

 とはいえ、当然こういう店なので、プリンはきわめて美味しい。本体は卵の甘みに抑え、周りのカラメルと生クリームが主に甘味を担当しているから、味の調節はかなり自由(薄甘い←→甘い←→ド甘い ……の範疇でだが。)にできる。数々の真剣勝負から学んだ真理〜無心〜をもってコトにあたる。とにかく、無心に喰う、喰う、喰う、喰う。一心不乱に、プリンだけを見つめて、喰う、喰う、喰う、喰う。この世に己とそのプリンだけしか無いつもりで、相手を見据え、機械的にスプーンを揮う。大きく喰う。小さく喰う。緩急をつけて喰う。一定速で喰う。血糖値を常に考慮しつつ、楽しく美味しく喰うための甘みを調整しつつ、えぐり込むようにして、喰う、喰う、喰う、喰う、喰う。

 かくして、私は焼津のプリンに打ち勝つことができ、塩坂くんは自ら望んだ結果、『プリン野郎』という名を十字架として、一生背負ってゆくことになったのだ。

 かくして、神北、古市、真庭、プリン野郎の男四人旅の話は、まだ続く。

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2003/10/19

Shadeと3D格闘しているぞ

 ありがたいことに、Shadeを本気で使う仕事を頂いた。久しぶりで気合いの入った作り込みをしている。現在の環境は、自分史上最強クラスの3D開発環境(G4-Quick Silver・メモリ1024MB・Mac OSX・Shade 6 advance……)ということで、新しい地平が見えて来る勢いの仕事だ。しかし、自分がもらう仕事と云うのは版面の大きさからいっても、4000px×4000pxというAdvanceの制限を超える事はないと思っていたのだが、今回、それに引っかかりかけて慌てた。
 本気になった時に限界まで持っていけるのはツールが手に馴染んだ証拠だが、そう云う意味では十年つき合ったソフトというのは強い。更に、メモリ管理が楽になったMac OSXの世界では、従来のOS-9までのように、他のソフトを並立させる事を全く考えずにShade一つのためのメモリシフトをしくような事をしなくても、まだ何とかなるおかげで、メモリオーバーでレンダリングが止まる事がなかったのに助けられた。いずれ、限界が来るのは理性では判っているのだけれども、体感上、どこまでも引っ張れる感じだ。もっともこれは、先日、OSX上のShadeをインストールした時に、旧来慣れ親しんだShadeのプラグイン・マクロのOSX対応版の揃い加減が判らなかったために、今の所まだプラグインやマクロを装着しておらず、Shade自身をほぼ空のままにしているせいもあるのかもしれない。荷が軽いという事は、ソフトにとって、時に有利に働くようだ。
 Shadeで絵を描いていて時々思うのは、モデリングを終えて最後に最高密度でレンダリングしようとして限界が来る事の虚脱感を、何とか出来んものかという事だ。「メモリぃ足らんもんで、レンダリングできやんけど。悪ぅ思わんといてな〜!(北勢弁)」と放り出される。極めて低速になって何日かマシンを拘束されても構わないから、HDDにスワップしたメモリを使ってじわじわとレンダリングを作るようなレンダリングがオプションにあれば、僕はきっと嬉しいだろう。だが、現在のShadeはそうは行かない。技術的には考えられるオプションではあるけれども、実用的な速度を考えるとそれは諦めるべき、そういうオトナの判断だ。たしかに、道具としてのソフトを作る以上スピードは必須なのかもしれない。が、気合いの入った形状を作った後で、メモリエラーで続けられないと、悲しいのだ。この悲しみは、今のところ誰も面倒見てくれない。「がぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」と云ってマシンルームを飛び出し、その足で散歩にでも出かけて、軽くするためのモデリング・レンダリング技法の改良案を思い付くまで、公園のベンチかどこかで悶々と過ごす以外の解決策を私は知らない。
 どこかに、UNIX・Linux系サーバで、必要なものが全部入ったレンダリング直前のShadeファイルを送ると、指示通りの大きさのレンダリング結果を送り返してくれるようなサービスは無いだろうか。仕事に使うものだから、金額的に見合うならば、有償でも別に構わないんだがなぁ……。

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2003/10/14

アニメの春を待たずに……

 アニメの春が来るまで冬眠に入った月刊アニメックの復刊を待たず、ラポート社が会社を畳んだと云う話が、ここ1週間ほど、各所で話題に上っている。2chでもそのスレッドが立ったとか。個人的に云えば、みのり書房が無くなった時より、衝撃は大きい。いや、鋭い衝撃と云うより、じんわりと揺さぶられるボディーブローみたいな物なんだが……。
 1978年からこっち・・・ということは、もう、四半世紀の付き合いかぁと思うと、感慨深い。今のアニメ誌しか知らない人から見ると、アニメックは信じられないような雑誌だろうなぁ。同人誌みたいになんでもかんでも無茶苦茶入っていたし、その取捨選択も編集者の好みが色濃く反映されていたから、メインストリームの作品でも扱い悪かったり、埋もれた名作をしっかりと掘り起こしたりしていた。そういうところ全てが気に入って、とことん読んで読んで読み込んでいたものだ。
 願わくば、まだ刊行されているファンロードが、新しい発行元に恵まれて、今後もうまく続いてもらいたい。

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2003/10/11

凶悪細菌

 アメリカのチェイニー副大統領が10日、ワシントン市内で講演して、旧フセイン政権が北朝鮮からミサイル技術の導入を図り、イラクでは、生物兵器に転用可能なブルセラ菌などの研究が行われていたと発表したらしい。
 し・・しかし、ブルセラ菌って、ナニ?

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