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2004/05/12

ウルトラQはSFだぞ

 ウルトラQである。いや、正確にはウルトラQ Daek Fantasyである。火曜深夜にテレビ東京系でやっている円谷プロ制作の30分の番組なのだが、まあ、思い付きでウルトラQとつけてみたものの、ちょっと、何がウルトラQなのかを置き忘れて来た観がある番組。あなたはご覧になっているだろうか?
 とても残念な事に、ウルトラQをウルトラQたらしめていたのは、「バランスの取れた日常のすぐ後ろに迫り来る、アンバランス・ゾーン」だけではないことが、うまく脚本家に理解されていないように見受ける。具体的に言うと、「怖い」「怖い」を描いたところで満足してしまっているのだ。普通のホラーならば、それで充分に成り立つし、この番組も、Dark Fantasyというだけのタイトルであれば、充分に出来のいい番組。良質なホラーエンターテインメントと云って良かろう。
 しかし、「ウルトラQ」なのである。ウルトラを名乗る以上、ただのホラー番組でいる事は許されない。ホラー番組ならば、別に主人公達が脅え逃げ惑うだけでも成り立つ。が、ウルトラQ空想科学特撮シリーズなのだ。つまりSFなのである。脅えているだけでは、SFは成り立たない。では、SFとは何だろうか。思うに、この場合、主人公の姿勢なのではないか。つまり、「知恵と勇気でアンバランスゾーンに立ち向かう主人公達」が軸にいなければ、それは、いくら看板でウルトラを名乗っても、ウルトラQたり得ないのだ。
 もちろん、カネゴンの繭育てよ!カメといった、純然たる童話・ファンタジーも含んでいるが、ウルトラQの基本は、どこまで言っても、SFである。基本的に、主人公達3人と一の谷博士が、知恵を絞り、謎を解き、解決手段を模索して、怪奇なアンバランスゾーンを突破する。それがウルトラQの基本だ。
 しかし、この「……Dark Fantasy」はどうであろうか。残念ながら、あまり、謎解きというものが重要視されていない。この差がどこにあるかと考えると、ウルトラQでは、ユリちゃんの興味から謎を追いかけ始めると云う流れはあるものの、やがて謎は正体を現し、謎が解かれ、3人と周りの人の活躍を通して日常が戻って来る。しかし、同じように記者として謎を追い始める今回の主人公達だが、そのまま謎に流され、気がついたらいつのまにか謎を追うどころか謎に追われ、最後には何とか振り切って日常には戻るものの、まださっきの謎はすぐ側で口を開けて待っているのかもしれないと云う、一種ホラー的な後味の悪さを残している。
 Xファイルに影響されたか、主人公グループを二人にしたのも、ウルトラQのパワーを奪っているのではないだろうか。「あれで、もう一人、コミックリリーフを入れないと、話に幅が出ないんじゃないか」と指摘したのは、友人の佐原晃氏。確かに、主人公二人がオトナシ過ぎて、「よ〜し」と突貫して行かないから、謎が解決しないように思う。というのは、二人ともミョーに物わかりがよく、連絡も密にしている感じで、仲間のひとりが独断専行して大変な事に、助けるために謎を解かないといけないという、一番モチベーションを引き出し易い演出がなかなか取れない。そのため、物語が淡々と進んで行く。主人公達も謎と距離を取って、直接対峙しない。
 傍観者が主人公というのは、ホラーの手法としては普通だが、SFとしては弱いんでナイかいと思う。

でも良いのだ

 でも、今回の第6話『楽園行き』は良いのである。きわめて個人的な理由だが、これは良いのである。先週の5話と6話がちょっと面白いとかそういう事とは全く別に、とにかく良いのである。

 いや、山吹月子こと、石橋桂がでてるからなんですけどね。

 良いのだよ。

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