大嘘をつくぞ。
小説挿絵やアニメムックに地図図版を入れるという商売をしている以上、うそ地図をしょっちゅう描く。
最も簡単なのは、普通の地図があって、「史実には無い攻勢をかけた進撃路の矢印を描いた地図」だ。もちろん、その仕事が信長が本能寺で死ななかった話の挿絵なら、矢印に説明書きとして「信長公西征経路図」と入ったり、広島辺りの地名に「(西安土)」という但し書きが付いたりするかもしれない。それが第二次世界大戦中のアフリカ大陸なら、「ロンメル軍団中央アフリカ蹂躙作戦」なんていう景気のいい表題が付くかもしれない。ま、既存の地図の上に、人間の動きが乗る。これが、うそ地図レベル1だ。
次が、「実際にはないルートに道や鉄路が通っている地図」だ。船の航路の場合もある。その昔、レッドサン・ブラッククロス関係の本だったと思うが、日本と欧州の間の飛行機便が実際より遥かに多く就航しており、往来が頻繁だったため、日本が孤立を強めず、独・伊との三国同盟に至らなかった世界……という説明で、架空の航路図を入れたものを描いた事がある。また、このテで逆に多いのが、推理小説のトリックで、違う線の二駅間を車で乗り継ぐ事で、時刻表の隙間をスリぬけて短時間に移動するという類いの奴だ。さすがに、挿絵を観てトリックが判っても仕方ないので、あまり確実に線を引く事は無いが、問題となる二つの駅は、ほかよりちょっと大きめにプロットして、パっと観に見つけ易く作る。これが、うそ地図レベル2だ。
その次は、地形の変わってしまうものだ。たとえば「関東大震災の時点でフォッサマグナを境に、本州が二つの島に割れている」とか「海面が上昇して海岸線が一変している」とかだ。一度、海面が90メートル上昇した世界で、箱根を中心に、富士山から相模湾まで含む、広大な地形図を、等高線百メートル単位に描いた「第三新東京地図」というのをアニメージュでやらせてもらった事がある。これはなかなか剛毅な仕事で、まず、出来る限りの情報を入れるには地図の範囲をどれだけにすれば良いかを把握するために、「新世紀エヴァンゲリオン」を放映終了分まで2度ほどメモを取りながら見直す。その後、地形図を睨みつつ範囲を決定。4枚の地形図を買って来て、海面上昇で90メートルずれた海岸線を設定し、それをスキャナで読み取ってラインをなぞった。もちろんスキャナというのはA4の家庭用のものだから、小さな部分ごとに読み取ってはコンピュータ内で繋ぎ直しをするのだ。結局、すべての等高線を引き終えるまでに軽ぅく三週間ほどの時間がかかった。その後、そこに道路や鉄道を描き、もともとの地形図には無いN2爆雷で出来た第二芦ノ湖とを書き足して行く。その上で、使徒を模式化したポインターを設置。細かい解説を入れて行く。結局、一月近い時間(と、エヴァに入れ込んでいた友人達の自主的で熱烈な協力体制)があって、やっと作る事の出来る渾身の地図だった。ま、そんなに大きく掲載された訳ではないんだけど、簡単な図表図版などとは完全に別のレートで作業を評価して頂いた、神北本人に取っては、記念碑的な一枚だ。
最近では、ガンダムヒストリカに入れた、ジオンの地球侵攻作戦の地図なども、それに近い。この地図は、ガンダムの世界でコロニー落しの直後に行われたジオン公国軍の作戦を世界地図の上にプロットしたものだが、当然、戦争初頭の「コロニー落下」を受け手の地図という事で、落下したコロニーによってぐちゃぐちゃになったオーストラリア大陸の東側がまだ液状化から立ち直ってない様子などを出来るだけ細かく描いた。
まあ、こういう大掛かりな嘘をそれらしく、もっともらしくついて行くのが、神北の商売という訳だ。
ただ、こういう嘘がすんなりとつける作品ばかりではないのが悩みのタネだ。というのは、原本にある全ての情報を総合すると、地図的に不合理が出るようなケースがかなり多いのだ。ストーリーの中で地名を読んでいる分には、単なる記号による点と線なのだが、それを地図上にプロッティングしてみると、A地点にいる敵から逃げるためにB地点まで逃げ出した筈の主人公が、さらに移動してC地点に来るけど、地図上でA地点とC地点は指呼の距離……なんてぇことは、よくあること。書き下ろしの仕事で、まだ作家に注意できる暇があるならば、編集を通して話す事も出来る。が、場合に因っては、大元がもう既に別に発表されている作品のもので、原本を修正する事が不可能な場合など、どうやって、読者に違和感を与えず、地図にも嘘をつかずに済ませられるかという、相反する命題を編集さんは一言で済ませる。「何とかウマいコトお願いします」。いや、俺だってウマい方法があるんなら、飛びついてますよぉ・・・。
ま、それが仕事の価値って奴なんですね。楽して稼げる訳は無い。みぃんな悩んで大きくなった……と。
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