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2004/06/17

ウルトラQでもダークでもファンタジーでもないぞ

 尋常ではない。ウルトラQ Dark Fantasy が、尋常でなくつまらない。
 ちょっといい加減にしてもらいたい。
 先週の『送り火』(脚本:太田愛、監督:原田昌樹)がちょっとだけ面白かったので安心していたのだが、今週の『トーテムの眼』(脚本:清水信宜・右田昌万、監督:北浦嗣巳)が、いくら何でも勘弁して欲しい酷い出来だった。

 先週の『送り火』は、病に倒れて死を待つ人々を幸せなまま死へと導く一族、一種の死神たちの話だが、まあそれはそれとして、いつもは主人公に対し、傍観者となる二人組の片割れ、フリーの若手女性カメラマン楠木 涼(くすのき りょう・25)と、知り合った若者ヒタキの淡い恋愛として、ドラマが描かれていて、お話しとして良い出来だった。
 物語最後の別れ際に「お前が死ぬ時には、俺が送ってやる」というセリフが、ヒタキの精一杯の愛情の発露であり、すがるように頷く涼が切ない。この二人は、涼が人生を無事に乗り切り、死を待つ床に付くまで、再び出会うことが無い。再び遭える時は、永遠に別れるその時なのだ。主人公コンビの中で女性の方を主人公としただけの価値のある、とてもリリカルな出来だった。

 しかし、今週の『トーテムの眼』は酷かった。基本的に『猿の手』である。3つの眼が付いた全高40〜50センチ程度のトーテムポールのような物がある。それを「どんな願いも叶ってしまう最強のおまじないグッズ」と教えられ、手に入れてしまった女子高生麻衣が、幸福を得る代わりに等価交換で別の幸福を捨てる(不幸を得る)という話。3つの眼は、願いが叶う毎にひとつずつ開いて行く。
 ひとつ目、彼女が先輩との恋愛成就を願うと、翌日、身を挺して先輩を交通事故から救うことになり、足を悪くしてしまうが、病院のベッドの上で先輩から告白される。
 しかし、麻衣の足は、一生歩けないかもしれないという事で、母は、海外の医者に診せようと家を売ることを考える。しかし、死んだ父との思い出が詰まった家と別れたくない麻衣は、自分の両足ぐらいならあげるから家を手放さなくて良いようにしてくれと、トーテムに祈る。すると、母が交通事故で死んでしまい、麻衣の元には何千万と云う母の保険金が入る。
 打ちひしがれた麻衣は、既に二つの眼が開いているトーテムに、「ママを生き返らせて」と願う……。
 ここまでは面白いのだ。願った本人から大きな物を奪う代わりに願いを叶える超自然的な力。欲望に憑かれたようにそれに振り回される人間。その構図は、ぴったりと嵌っている。
 しかし、この結果何が起こるかと云うと、母親が生きていて、麻衣自身が死んでしまうという風に筋書きの変わった世界になってしまうという、何だか訳の判らないオチになってしまっている。いくら超常的な力がはたらくにしても、パラレルワールドにスイッチというのでは、今までの等価交換と次元が違うではないか。
 もっと、怖いオチは考えられなかったのか。もっと、整合性のあるオチは考えられなかったのか。あまりにも脚本が無力すぎるではないか。
 たとえば……、警察の霊安室で、母親は息を吹き返す。だが、優しかった母とはどこか違う。冷たい感じがつきまとう。しかし、何を失ったと云うようなことは起こらない。トーテムも消えている。何か違和感を感じつつも何日か過ごす麻衣。実は、麻衣が払ったのは、母の愛と云う非常に大きな代償だったのだ。寒々とした愛のなくなった家庭で、麻衣は一人孤立し、心を壊しててゆくのだった。
 ……というような、いまここで5分でデッチあげたような話でも、パラレルワールド移行ものよりはずっと良いんじゃないだろうか。

 しかし、だいたいにおいて、この「猿の手」モノは、既にいくつでもあるのだから、単に主人公の破滅を描いても今更目新しさなどないという気がする。ウルトラQであるならば、いつもの二人組、坂本剛一・楠木涼の入れ知恵で3つ目の願いをうまく回して、ちゃんと麻衣が危機を回避するような話にして欲しかった。牙を剥くアンバランスゾーンと知恵と勇気で渡り合い、平穏な日常へと辿り着くことこそ、ウルトラQの本質なのだから。

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