故郷は人型決戦兵器の街だぞ
一度、ゆっくり夏に帰省したいとは思いつつも、結婚以来、女房を大四日市祭にすら連れて行ったことが無い。今、大四日市祭のような大掛かりなイベントをやっているのかどうかもよく判らないが、我々昭和30〜40年代の四日市の子供にとって、大四日市祭と言えば、諏訪太鼓と鯨船・そして大入道である。
何百年か前のこと。四日市はまだ漁村で、浜には、アジやイワシが大量に干されていた。そして、この干し魚を狙う狐狸の類が、浜に出没した。人々が追い払おうとした所、狸は、大きな入道に化け、逆に漁師達を追い払ってしまったと言う。
この狸に手を焼いた漁師達が一案を講じる。狸よりも大きな入道を作り、脅かし返して、妖異を追い払うと言う、大胆な作戦であった。
作られた入道は、黒白段だらの服を着込み、車の上にあぐらを組み、半眼の虚ろな表情で周囲をめね付けていた。
再び狸の化けた大入道が出現。漁師達の作った入道が押し出される。車の前に座った時分より大きな入道を目にした狸は、さらに巨大に変身。すると、漁師の入道も、車の上に立ち上がる。再びこっちの方が大きくなる。だが、狸はさらにもう一回り大きくなる。すると漁師達の入道は、ずずっと首を伸ばし、遥か上から狸の入道を見下ろす。さらに、眉を上げ、目をカッと見開き、口から三尺近い舌を出したところ、狸はびっくり仰天、あわてて逃げ出して行った。
これ以来、四日市の浜で、狸が魚を盗むことは無くなったのだと言う。
これが、四日市の子供なら誰でも知っている、大入道の由来のお話だ。今も、この大入道の山車は、お祭りの華だ。
とにかく、四日市の子供なら、子供の頃誰もが一度や二度は、大入道の紙の玩具を買って貰ったことがあるぐらい、ポピュラーなものだ。
残念なのは、昭和40年代後半ぐらいに、脚部のカラクリが劣化し、立ちポーズでの固定となったことだが、子供の頃には、胡座をかいている大入道さんがよっくらせと巨体を立ち上げるのが、大四日市祭の市内パレードの目玉の1つであった。
で、このお話しが問題なのである。
よ〜〜く、考えてもらいたい。大入道のユーモラスな顔に騙されないで、よく事実を検証して貰いたい。
まずこれは、人類以外、つまり異種知性体との戦争の記録なのである。しかも、所有財を奪い合う経済戦争なのである。
で、もっとよ〜く考えて欲しいのだが、この大入道は、その戦争における切り札。しかも変形をする兵器だったのである。つまり、変形ロボット・人型決戦兵器なのだ。
もちろん、ギリシャ神話のタロス、ユダヤ人のゴーレム等、神話上、人型の巨大な戦士が何かを守ったり戦ったりしたと云う記述があるにはある。しかし、現物(もしくはその動きを正確にトレース出来る複製品)が現存する、交戦歴を持つ人型決戦兵器は、この四日市の大入道を置いて他に無いのだ。
四日市の街こそ、現存する日本最古の戦闘ロボット誕生の地である。是非、そう憶えておいていただきたい。
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