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2004/09/21

不揃いな真空管達だぞ

 『TV-g@me テレビゲームとデジタル科学』という展示会を、国立科学博物館に見に行って来た。うちの夫婦は、ふたりともこの科学博物館——最近では、自分から「かはく」と書いて、親しみ易くしようと努力中——が好きで、上野のお山に行く用事の7割は、ここ。残りの3割中2割が国立博物館で、その他の用事は1割程度と言う、かなりの科学博物館偏愛主義者だ。
 テレビゲームにかこつけているし、たしかにスペースも多く割かれているが、真の目的は、ゲームウォッチからプレステ2までを端から眺めることではない。
 劈頭の展示は、電子化される以前の「自動計算機」。つまり、パスカルの計算機(1642)とバベルの階差機関——つまり、ディファレンス・エンジン(1833)——(まあ、写真ですが……)。その時点で取り得るあらゆる手を使って、今は人間の頭でしている計算を、なんとか機械にやらせよう、やらせてしまおうと言う、人間の業が優美な形をなした、中世期の美しい工芸品。一番新しいところでは、タイガー計算機以前の日本製計算機中最大のヒット作矢頭良一の自動算盤(1902)。
 そして、それに続くのが、今回の目玉ENIAC(1946)だ。もちろん、日本に持って来られたのは、総重量30トン中、ごくごく一部で、真空管が一列に並んで28本嵌まった最小単位の計算回路ユニットが一つだったわけだが、それでも、それは先達の作り上げた夢の機械だ。無論それは、核兵器開発の為の基礎計算をさせると言う悪夢でもある訳だが、電子的な動作でプログラムを組み込んだ機械に何かをやらせると言う考え方が最初に形を成したということは、あらゆる背景を消し去ってなお、余ある金字塔と云える。
 ちなみに、これは、真空管のフリップフロップを使った10進1桁を記憶するリングカウンタだそうで、それを10個合わせて1ワード(10進10桁)分のアキュムレータを構成するという話だ。ということは、アキュムレーターひとつで今のパソコンラック一台分ぐらいは占拠してしまいそうだ。
 そういや、IBMの古いコンピュータを使うために、パック変数とか習ったよなぁ。当時のコンピュータは、基本的に2進数ではなく、10進で一桁づつモノを考えていた訳か。
 この、ほんの小さなENIACの一部分の展示の周囲には、1940年代のアメリカ人男女が大勢、その調整やプログラミングのために電子計算機の周囲で立ち働いている写真が多数掲示されている。そのどれもが、薄暗い部屋の中で厳然と佇む黒光りする電子計算機と、ハリウッド映画に出て来そうな1940年代ファッションのアメリカ人男女であり、「ああ、このコンピュータは、きっと人類に対して叛乱を起こしてくれるに違いない」と確信するに足る、威風堂々たる姿をしている。

 そのアメリカにおける誕生から10年。1950年代の中頃から、日本でもコンピュータの試作や運用が始まる。通産省電気試験所のETLシリーズは、ENIACが真空管でやっていたことを、トランジスタにリプレイスし、極めて小さく作り上げた。実に、ソニーのトランジスタラジオの誕生とほぼ同期して、日本のコンピュータはトランジスタ時代に入る。小さく造るトランジスタ化、少々速度は遅くなるが極めて安価に造れるパラメトロン方式など、小さい・安い・安定運用という、そこからこっちの日本製品を象徴するような進化が、この時代に始まった。その取っ掛かりのコンピュータが、いくつも展示されている。

 かくして、60年代は、戦略商品としての大型コンピュータが多数開発され、大企業の電子化が始まった。この大型コンピュータの時代を経て、1971年。嶋正利さん等によって、集積回路、インテル4004が誕生する。
 ここからが、今回の展示のメインとなる。
 4004・8008・8080・6502・Z80・6809、そして、8086・68000。CPUの急速な進歩に合わせて、1974年のアルテア88001976年のアップル、日本製TK-80等と進み、77年のアップル][へと至るパーソナルコンピュータの流れ。
 ニューヨーク集プルックヘイブン国立研究所のウィリー・ヒギンボーサムが、1958年にアナログ回路で電圧を調整して造ったオシロスコープ上の対戦テニスゲームを皮切りに、有名なPONG(1972)を経て、ファミコン(1983)に至るアーケードゲーム&家庭用ゲーム機の流れ。
 そして、alto(1975)に始まり、Macintosh(1984)X68000(1987)等を経て現在に至る、高機能パーソナルワークステーションの流れ。

 こういう、いくつもの流れが、怒濤のように加速する中で、ゲームという需要、ゲームをする為のスペック要求、対戦・通信・新デバイス等々の新しい提案が、デジタル科学をいかに押し上げて来たかということが、ジンワリと判って来る。

 まあ、テレビゲームで子供達の気を引きながらも、コンピュータの歴史を学べると言う。なかなか欲張りで、良い展示だった。

 ちなみに、一番感心したのが、ENIACの28本の真空管。じつはこれ、かなり不揃いなのだ。もちろん、当時の写真を見ると、綺麗に揃っている。だが、現物には、いろんなメーカーのものが混ざって挿されているようだ。ということは、寿命で切れて行く真空管を使った機械ををちゃんと稼働状態に置いておく為に、電気的に同等であれば、別タイプのものや別メーカーのものを遠慮会釈無しに挿して行った所為と思われる。目に見える技術屋の執念。これを見ずしてコンピュータ社会は語れない(?)。

 この展示、2004年7月17日〜10月11日なので、先が短い。まだ、ENIACを見たことの無い諸君、是非、エニー(の一部)に会いに行ってやって来て欲しい。

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神北情報局で最終日だと知ったので見にいく。エセコンピュータサイエンティストとしては見なければね。 非常にあっさりと計算機からコンピュータへの流れの後、科学者の... [続きを読む]

受信: 2004/10/11 16:43

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