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2004/11/12

ことばで戦うぞ

 論戦とは、言葉の応酬であると云う。たとえば、政治討論。たとえばSF大会のスタッフ会議。小学生の学級会議から飲み屋のナントカ談義まで、あらゆる討論は、複数の陣営(というか、主張者)によって、意見の相違を埋めるために行なわれるものだ。
 もちろん、その当事者によって歩み寄って合意点を探すのか、自分は一歩も動かず相手を叩きのめして引きずり寄せるのか、神出鬼没に立ち位置を変えて相手を翻弄するのが楽しいのか、スタンス——というか、ウォースタイル——は、バラバラである。だからこそ、相手の手を読み、間合いを避け、自分の間に引きずり込んで一気に仕掛けるわけだ。
 ただ、こういうことばのバトルにも、幾つかの種類がある。
 一番つまらないのが学芸会。主に、国会討論などがこれで、滅多に緊迫感が無い。特徴は、綺麗な脚本を書く人間は居るのに、舞台に立つ者がまだまだ演技者として未熟で、しくじって失笑を買うことまでが味として認められている。
 その対極にあるのがガチンコ。本気で殴り合っている。下手をすると銃を突きつけ合いながら、命を削ってこなす交渉だ。人質事件の犯人説得とか、戦場での降伏勧告、借金の取り立て。どちらかというと死ぬか生きるかと言う局面。もちろん、脚本などは無い。百パーセントアドリブで、卑怯だろうが何だろうが、臨機応変に立ち回って、相手に致命傷を与えた方が勝つ、ガチンコ勝負だ。。
 そして、その中間に位置するのが、プロレス。ヌルイのかと思うとさに非ず。鍛えに鍛えた身体で技の応酬をし、いかに自分の間合いに相手を引きずり込み、観客の感動を呼ぶような華麗で魅せる得意技で、勝負を決めるか。つまり、相手にも同じだけの体力が無いと成り立たないのが、言葉のプロレスである。華麗な技や返し技、時によっては反則技をも使い分け、使いこなしてこそ、初めて可能なバトルである。

 小泉首相が誕生して小泉内閣が出来た時、こういうバトルがちゃんと出来る、日本には珍しいタイプの政治家と思い、結構期待した。しかし、まともに試合の出来る対戦相手のないまま、いつの間にか、出会い頭の一発で勝ってしまうような横綱相撲が彼のバトルパターンとなり、組み合えるだけの実力を持った相手が出て来ても、決して組み合わずに、出会い頭の一発でさっさと勝ったことにして、勝手にリングを降りていってしまうようになった。だから、今、国会はちょっとつまらない。

 うさぎ御殿うさぎ亭主の雑記帳に、とっても良い話が乗っていた。

南東北理論

知り合いに「歩く南東北」と呼ばれている者がいる。どこであれ、彼の半径3メートルは南東北として認定されるという、根っからの南東北人間である。

突然こういうことを言い出したのは、詭弁屋の変態首相コイズミが「自衛隊の居るところは非戦闘地域である」と断言したからである。

それだったら自衛隊をファルージャに派遣すればよい。一瞬で非戦闘地域になるに違いない。

 それが本当なら、究極兵器だなァ。どんな戦争のさなかでも、自衛隊が派遣されると非戦闘地帯になってしまう。
 こういう一言で、小泉さんに逆襲出来るだけの、技と体力のある対戦相手、早く出て来ねーかなー。

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