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2005/08/22

帰省だぞ

 先週の火曜日の晩から昨晩まで、帰省していた。

 先週火曜日、8月16日の夕刻に、仕事帰りの女房とともに車を借り出し、荷物を積んでその夜に出発。途中、休憩・仮眠を取りつつ、17日の朝に三重県の実家に到着。

 17日の水曜日は、朝から座敷の片付けと掃除。この時期の帰省と言っても盆休みで遊びに帰ったのではなく、昨夏亡くなった祖母の一周忌の法要の準備だ。20人程親類縁者の方をお呼びするし、法要後に近所のお店で食事会も開かねばならない。
 うちの実家の座敷は、普通は一の間を座敷に、次の間には絨毯を敷いて応接セットを置いて洋間風にして使っているが、20人の人が来るとなると、この応接 セットを取っ払って、二間続きの場に作り直さないと行けない。祖父が亡くなる直前に買った座敷用の広いテーブルも含め、可動家具類を別の間に運び出し、ハ タキを掛け、掃除機を掛け、畳を拭く。押し入れから出して来た座布団だけでは足りないので、別棟に置いてある、普段はあまり使わない分まで引っ張り出して 来て、庭石の上と言わず、庭塀の上と言わず、日の当たる所に次々と並べ、陽の光を当てて干す。
 明治初期に建ったらしき我が家には、話に因ると昭和の中頃までは客用の夏・冬の座布団だけでそれぞれ40〜50枚程は在ったらしいのだが、殆どの そういうものは伊勢湾台風で水に浸かり、捨てたという。なんせ、畳の上に立った男の胸の下の方ぐらいまで水が来たのである。
 その直後にうちの両親が結婚するというので、あわてて用意したらしき、神北よりちょっとばかし長生きの昭和30年代の座布団は、さすがに往時の数までは揃えなかったようだが、それでもまだ随分生き残っている。
 今や法事ぐらいだが、こういうものを引っ張り出して来て準備するというのは、結局長男と嫁の仕事。ま、一人っ子で、弟とか姉妹とかいないからね。
 一日目は、そうしたモノを引っ張り出して来るのに忙殺される。加えて、女房は茶碗や菓子皿の用意。基本的に、ごえんさん(「ご院主さん」と書く。お坊さ んの事。四日市近辺福井県の方言らしい)は二度に別けてお経を読まれるから、前・中・後の三度、みなさんにお茶をお出ししないといけない。もちろん、開 始前は兎も角後の二度はお茶だけというわけにはいかないから、ここでお菓子、ここで果物と、いろいろ用意が必要になる。母が、実家の義妹や高校時代の親友 に頼み込んで手伝いに来てもらっているのだが、基本的に事前にその準備をするのは女房である。
 どの器が数が揃うか、どの順序で用意するのか、そのためのお菓子が届くタイミングや、果物の買い出しの個数と云ったような事まで、事細かく母と二人で打ち合わせて、決めて行ってくれる。

 翌日の18日木曜日は、その他雑用に忙殺される。まずは、午前中に、止めた針金が吹っ飛んで雨樋のおかしくなった所を見る為に、母屋から張り出した屋根 の上に。お母さん。ご自分は半透明のポリカトタンを通したシルエットで、下からこちらの状況が逐一見えているかも知れません。が、約2〜3メートルの高さ に斜めに張り出したテラス屋根の上の息子は、これから踏む所がトタン留め用の細梁だけなのか、その下にしっかりした構造材の材木が在るのか、しかとは見え ません。そんなに急げと云われても動けないのです。
 またこの日は、母の希望で、ワープロで使う為のポイント飾りを探しに行く。四日市ではロクな場所を知らないので、名古屋まで出る。
 結局スゴネタの一本を選択。神北は、必要なら素材集なんぞは何種類でも買うのは当然と思っているのだが、たった幾つかの絵が欲しい為に何千円もの素材集を買うというのは、母の理解を超えているらしい。かといってうちの母、自分では描けないのになぁ。
 なんだかんだと日が進み、木曜日もこうして終わってしまう。
 この日は、高校時代からの悪友、いしたた、森岡と顔を合わせる。
 2時間ぐらいカラオケしようぜと入る。うーむ。歴代戦隊ものを端から歌ういしたたに感動。オイラなんて、半分近い歌が歌えなくなりつつあるというのに。こいつのオタクパワーは侮れない。……って、2時間の筈が気付いたら既に4時間絶唱。飴を嘗めつつ帰宅。

 19日の金曜日は、午前11時に、法事にお越しいただく女房のご両親を迎えに名古屋に。ピックアップして早速、桑名の九華公園近傍の俵寿司へ。信州から 出て来て頂くご両親には、お魚が良いという女房の話で、ネットを使って探した場所。名物は蛤のお寿司だと云う。せっかく桑名ならここだなという事で予約を 取ってお連れする。
 食事の後、実家にお連れして、おふくろとお義父さん・お義母さんと女房の4人が談笑している間に、ちょっとネットで仕事関係の情報をチェック……。していたら、おっと、前日未明の段階で至急の図版仕事が1本入ってますよ。(^_^;
 しかし慌てず騒がす。こんな事もあろうかと、今回の帰省、自分の仕事用のソフトとデータを満載したiMacG5「ジーマミー豆腐1号」くんを運んで行っ たのだ。さっそくこれが功を奏する事になろうとは。ラッキーというか、なんというか。申し訳ないが、お越しいただいた女房のご両親のお相手もせずに、マシ ンに向かって図版を作り続ける。
 ちなみに仕事は現在好評発売中の『Ζガンダムヒストリカ』のもの。おっと、宇宙艦とかの資料が要るぞ。こりゃ編集部に頼んでFaxで送ってもらおうかと考えた。だが、インタビュー取材なども多い金曜日、午後早い時間では、編集部には誰もいない。うむむ。
 そこで閃いた。「そうじゃん、なぜか、うちの実家には、OUTとアニメックが端からあるじゃん」。(^_^;) 取り敢えず、奥にしまい込んだOUTよ り手前に在ったアニメックをチェック。おお、イッパツで欲しい資料が!! 有り難う20年前の小牧さん。感謝してます20年前の小牧さん。
 ほかにも、資料になる物がないかと思って前後1年程を読み直す。いかん、ついつい「マイペース シオタくん」を読んでしまう。(^_^;) しかし、号 が進むに連れて、Ζガンダムに割かれるページがなんだか減って来る。 むむ。これが20年前のアニメ事情か? 負けるな20年前の小牧さん。
 持って行った過去の図版部品なども大いに役立ち、何時間かの大ブンブンでとにかく仕事は終わる。
 仕事を終え、ネットに繋がっている母親のiMacG5で編集部へメール納品。メーラーは持って行かなかったが、ネット上のWebメールが使えるから何とかなった。ありがてぇ。
 この日は、女房のご両親を四日市駅近くのホテルにお連れして、夕食もご一緒。
 とはいえ、近鉄百貨店のレストラン階に上がってみて唖然。金曜日の夜というのに、ガラガラなのだ。駅前の一等地に在ったジャスコの本丸、四日市店は、 数年前に跡形もなくなくなり、その近傍に在った書店、白揚の本店も無くなったそうだ。郊外店が増える一方中心街はもぬけの殻。完全なドーナツ化現象を起こ している。人口的にはそこそこの数の人が住んでいる筈なのに、いったい四日市という街はどうなっているのだろう?

 翌日、20日の土曜日は、いよいよ本番。うちのお寺のごえんさんは先代が早くお亡くなりになったため、まだ若い独身のお坊さん。年々、宗教人としての風 格というか、ごえんさんとしてのオーラが付いて来る。ちなみに、神北にとっての読経の時間とは、足のしびれとの格闘である。なんとか無事コナしてゆく。正 信偈(しょうしんげ)も44年法事の度に唱えていれば、何とかなって来る物である。
 それから、挨拶をして、皆さんに最寄り駅近くの料理屋さんに移って貰う。
 とはいえ、下戸の家系なので、お酒関係は慣れないので大変。
 ここでも、なんとかまとめのご挨拶をして、電車の時間がある方から先に送り出す。それでも話し続ける親類連中に小一時間程お付き合いして、店の人が端から食器を片付け始める頃合いで解散。

 しかし、この日はこれで終わりではない。昨年の日本SF大会G-conの連中が毎月開催している宴会に参加するのだ。この宴会は、2000年のゼロコン の後、毎月ずっと続いている駒八会を見た名古屋のメンバーが、うちも同じようなことをやりたいと言って始めた宴会。云ってみれば、駒八会のフランチャイズ 展開2号店なのだ。ゆくゆくは、「全国、第2土曜日はSF宴会の日」ということで、どこの地方でも第2土曜日にはSFモノの宴会があるようにしようぜとい う、壮大な構想に基づく。最初は、駒八会と週を違えたいという話だったが、同じ日の方がいいと云ったのは私。全国、地元に居ようがどこに出張していよう が、第2土曜日にはその地方のSF宴会に参加できるという方が面白いではないか。
 とはいえ、8月は、第二土曜日がお盆にぶつかっていたので、駒八会は前倒し、G-con残党宴会は後ろ倒しになって、2週間ズレたというわけ。神北は、その間隙を突いて今月両方に参加できたのだ。
 金山総合駅近傍の駐車場に車を止め、連絡。向かう先は世界のやまちゃん。有名な店だが、同じエリア内に店舗数が多いので、迎えに来てもらわなければ行き着けないのだ。ちょうど、新宿で天狗を探すみたいなもの。
 結局、岡田PX店長ともりもり君に拾ってもらい、8時過ぎに金山南店に到着。既に宴会開始から3時間近く経っているので、8〜9人陽気な酔っぱらいが出 来上がっていた。雰囲気は駒八会と同じ。活発に、大会についての意見が交換されたり、オタクな話に走ったり、和気藹々である。
 この宴会が9時におわり、みんなが金曜会に移動するというので付いてゆく。場所が名駅から東別院に移り、人数も神北の居た80年代の往時よりは半分ぐら いに落ち込んでいるが、まあ、金曜会は金曜会。今、40年以上毎週集まっているSFファンのオープン例会なんて、日本中探しても、ここぐらいしか残ってな いんじゃないだろうか。
 この後、深夜プラス1にも誘われたが、さすがにクタクタなので、10時サン・ジェルマンを出た後、店の前で万宝達としばらく話してから解散。名泗国道(国道23号線)を走るのは辛そうだったので、久々に1号線で帰る。帰り着いてキューバタン。

 8月21日の日曜日。朝、起きて飯を食って、持って来たiMacG5をまた移送用に片付けて、クルマにものを積込む。ものすごく暑いので、クルマの中は熱帯。少し窓を開けて空気を入れ替えておく。
 と、土砂降り。
 何じゃこの天気は……。
 ハっと気がつくと、女房が座る助手席側が吹き込んだ雨でぐっしょり。大量のタオルで何度も拭き、新しいタオルを何重かに敷いてなんとか出発。唯一の救い は、その時点で既に載せてあったiMacG5の箱が無事だったこと。吹き込んだ反対側、運転席側の後部座席に置いてあったのが幸いしたようだ。
 実家の近所のコンビニで、母に頼まれた宅急便を出している間、エアコンをがんがんに掛けて座席にあて続けたら、随分効果があったみたいで、なんとか女房が普通に座れるようになったようだ。
 その後、そのとんでもない集中豪雨の雨雲と追いかけ合いするように、伊勢湾岸道を走る。だが、刈谷のハイウェイオアシスヤマサのちくわのお店で味噌おでんを買って食べているうちに再び追いつかれて、降り籠められる。20分程時間を潰して、雨がやんだ頃合いで出発。
 再び雨を追い抜く形で、愛知を抜け、静岡に入る。しばらく、前は比較的明るいのに後は真っ暗という状態で東進。時間的にちょうど沼津で昼飯を食うのが難 しそうだったので、高速のSAで適当に食事。女房の両親とご一緒した関係もあって、ここ何日間か魚系が多かったから、トンカツとかのSA定番メニューが無 性に喰いたかった。
 その後、御殿場でおりて、御殿場温泉会館で休憩。と周りにいかにも「富士の総合火力演習から帰って参りました」と云わんばかりの迷彩Tシャツさん達がかなりの数。この日は、予行演習週だったのだ。その後、馬鹿が事故って起こした渋滞に3〜4件巻き込まれつつも、なんとか無事帰宅。

 ああ、忙しかった。

 ちなみに、今日は一日、5日分のメールを読み、Mixiを読み、Blogも友人の分から読んでいるトコロ。まだ終わらんぞ。
 ふぅ。

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コメント

どうもお疲れ様でした。今回の例会では十分なおもてなしも出来ずどうもすいませんでした。今度こられるときは、きっちり接待させていただきたいと、こさきといちのが申しておりました(笑)
それと今週末、また大挙していきますのでどうかよろしく。

投稿: もりた | 2005/08/23 00:15

お疲れ様でした。兄者ももちろんですが、むらさき姉も大変だったことでしょう。ほっと一息入れたあたりが一番疲れが出るタイミングと聞きます。
どうぞご自愛くださいませ。

投稿: 安達裕章 | 2005/08/23 06:00

お疲れさまでした。

投稿: 名古屋是清 | 2005/08/23 06:47

もりた さま

 どうもいろいろと有り難うございました。週末は待ち構えてますんで宜しく。

安達 さま
名古屋 さま

 有り難うございます。
 遊びに帰れるのなら楽で良いのですが、そうも参りません。もう、「こっちに残って仕事している方が楽」ってなものなのです。ここ二晩、二人とも異様に睡眠時間が延びています。
 まあ、年に2〜3度しかしない親孝行ですからねぇ。密度が上がるのは致し方ないかも。

投稿: 神北恵太 | 2005/08/23 09:01

おつかれさま。
ごえんさんは愛知県海部郡でも言いますなあ。
ごえんさん、ごえんさま、ごえんじゅ。
木曽川の向こうは異国だと思ってたけど、同じ言葉もあるんだなあ。

投稿: 森野人 | 2005/08/23 09:37

森野人 さま

 お寺関係の言葉の幾つかは、浄土真宗の広がりと共に広まったモノだと思います。三重県三重郡(の一部)と愛知県海部郡は、一向一揆と織田信長の軍勢がぶつかった長島を挿んで両側ですから、似ていても不思議ないかも知れません。

投稿: 神北恵太 | 2005/08/23 11:15

その辺りの某寺の次男坊な茶飲み友達が言うには、「うちは信長に焼かれたからあんまり古いものは残ってない」
あれって一向一揆の事だったのか。勉強になるなあ。

投稿: 森野人 | 2005/08/23 11:41

前半は、ここまで大変ではないけど、やはり連れ合いが東北の長男なので、ちょっと人事ではない気分で奥様のご活躍に頷き(笑)、中盤の「20年前の小牧さん」で爆笑させて頂きました。
全く、いい仕事を残してくれましたよね、ありがとう、20年前の小牧さん。

四日市には五年位前に伺ったことがありますが、綺麗な町でした。
でも、駅前もその時とはまた違っているんでしょうかね。

なにはともあれ、お疲れ様、そしてご苦労様でございました。
今頃は「やっぱりうちが一番」なのでしょうか。(笑)

投稿: かざま | 2005/08/23 16:04

おつかれさん。あわただしいスケジュールの中、
長時間つきあわせてごめんね。久しぶりのカラオケ
なんで、時間の感覚がぶっ飛んじゃってました。

で、次回はいつ一緒にカラオケ行く?(笑)

投稿: いしたた | 2005/08/23 16:35

森野人 さま

 あのころの一向一揆というのは、「死ねば極楽に行ける」という、なんとも恐ろしい宗教テロリスト集団だったみたいですからねぇ。かといって、公正無私かというと、さにあらず。石山本願寺の坊主大名の政治的意図に基づいて動いているという厄介さも持っていたわけで、あの信長が心底嫌ったのも解る気がします。

かざま さま

 東京近郊から田舎に帰るというのは、得てして、こんな物なのでしょう。
 ちなみに、四日市市は、市の産業の中心に在った石油工業が、老朽化したコンビナートを閉鎖することになり、産業都市から、単なる名古屋のベッドタウンとして、街の構造自身が変革する時期にあるようです。まあ、コンビナートの最初は、戦前の海軍第二燃料所だったわけで、そろそろ工場としての限界は解るし、今、こんな長く使える装置産業施設を作り直すほど石油が長持ちもせんだろうということも解るので、コンビナートの閉鎖や街の大改造は致し方ないという所でしょう。
 30年近く前の戦争でメカブーストに襲われても、何とかなっていたんですがねぇ。(^_^;)

投稿: 神北恵太 | 2005/08/23 16:52

いしたた さま

 そーゆーことしに、一度、お前が東京方面へ遊びに来いよ〜。

投稿: 神北恵太 | 2005/08/23 17:11

お疲れ様でしたな。

浄土真宗の門徒でないと理解できないかも知れませんが、とにかく正式な法事のときのお経が長い。お西さんだと、正信偈を歌うのでさらに時間がかかる。
施主だと最初のお菓子からはじまって、ロウソクだの線香だの焼香だのと、途中で何度か立つのでアレがヤダね<足のしびれ

そういえば、正信偈も仏説阿弥陀経も最近ダイソーの仏具コーナーに売ってるね。まあ、汎用品なので節回しまでは載ってませんが。

投稿: 大外郎 | 2005/08/25 02:00

大外郎 さま

 我が家では、必要な方にお貸し出来るように、お葬式の時に葬儀屋から纏めて買う、薄いんだけど字がわりと大きいA6版ぐらいの教典を、ちょっと多めにストックして、法事の度に使っています。
 今回、お経を上げながら、「あー、これ、Illustratorで原板作っておいて、法事の度に必要数刷り出せば良いんじゃんかー」とか罰当たりなことを考えていた奴が若干1名。

 ちなみに、いしたたのオタ度数の高さを思い知るカラオケ、次は来るように。(^_^;)

投稿: 神北恵太 | 2005/08/25 05:34

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