浦和の狸囃子だぞ
先日、女房と2人で、4つある最寄り駅の一つから自宅に向かって住宅地のど真ん中を歩いている最中、小学校——というよりは、その向こうの公園の林の辺りから——ポポポコポン、ドン、ドンドン、ポポポコポン、ドンツクツク……。なんだか、太鼓の音が聞こえてくるではないか。
しかし、幾つもの打楽器(基本的に太鼓)の音がしてくるが、いくら聞いていても、全体でリズムを取り始めないし、アンサンブルにメロディーパートが参入してくる気配がない。コンガ・タムタム系の音なので、たぶん、音楽好きの青年たちが、周りに迷惑にならない広い公園に楽器を持って来て練習しているのだと思うが、いつまでもちゃんとした曲にならない。
当然「こりゃ、狸囃子かもな?」と思うじゃないですか。
狸囃子というのは、本所七不思議の一つで、江戸末期の墨田区辺りで頻発した怪異の一つだ。少なくとも、そう言われている。
夜道を歩いていると、遠くの方からお囃子の音のようなものが聞こえてくる。だが、いつまでも、べんべんべんべん、ぴ〜ひゃらら、テンツクテンテン……とかき鳴らすのみで、いつまで経っても、ちゃんとした曲にならない。
何だろうと思って音の方に寄って行くと、どこまで歩いても、音はさらに向こうから聞こえてくる。どこまでもどこまでも歩いて行ったら、気がついたら夜が開けて、思わぬ遠くまで歩かされてしまう。
というのが、狸囃子だ……と、女房に話しながら歩いていると、「今は無いの?」と聞かれた。
「まあ、魚が釣れる掘り割りが無くなって置いてけ堀が消えたように、今は森や林も減ったし、田んぼも消えて道も整備された。町も明るいし自転車や車もあるから、狸囃子の存続は難しいかも」とか云ったのだが、フと想い至った……。
「実は、今の日本人も狸囃子をしょっちゅう聞いているのかもしれない」
「え?」
「聞いているけど、狸囃子として認識していないんじゃないかな。」
「じゃ、何だと思っているの?」
「フリージャズ」
……といって大笑い。
「今の人は、狸囃子を聞いてもフリージャズの練習だと思うの?」
「だって、デタラメにかき鳴らしているんだしさ」
※もちろん、全パートが、がちゃがちゃ勝手にかき鳴らしてメロディーラインを叩き潰すクレージーキャッツがよく使った技法だけがフリージャズではありませんよ。
念のため。m/(._.)\m ペコリ
だが、フリージャズなんてモノがこの世に出て来たのは、1950年代、流行ったのは1960年代。だから、江戸時代にはジャズ大名は居たかも知れんがフリージャズは無い。……。筈。
だとすると、もし江戸期に「フリーお囃子」があったとしたら、朝鮮戦争やベトナム戦争の裏でリズムにのめり込んだジャズメンたちと相似の経緯を辿って、江戸期の
日本のお囃子が独自に進化していたのだ!!
……てなことは、多分無いわな。(^_^;) ジャズはアフリカ系アメリカ人の文化的遺伝子(ミーム)に深く刻み込まれたリズム感から湧き出すようにして生まれて来た、ビート優先の踊るための音楽。一方お囃子は、雅楽から発展して民衆化した、音程優先の、(神楽を)舞うための音楽。神楽は、踊りより随分と芝居に近いジャンルで、リズムや拍子より動作が優先されている。
極論すれば、西洋音楽(クラシック)を中央において、このふたつは、真逆の関係なのだ。
じゃ、どうして狸囃子はフリージャズに似ているのか?
「本所七不思議の一つは、タイムスリップした現代のジャズメンによって引き起こされていた」というのはどうだろうか?(^_^;)
もしくは、「フリージャズは、戦後アメリカに渡った日本の狸たちが広めた」でも良いんだけどさ。\(◎o◎;)/
はてさて。
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コメント
一概にJazzはお囃子と真逆の関係ではないか、とは言い切れません、そもそも、音楽の成立とは、メソポタミア辺りから始まった節があり、そこから東西に人や文化の流れと共に音楽が流れ、相互に影響し、ジャンルとして確立していったと言っていいかと思います。
Jazzも黒人霊歌の影響を受けてもいるわけですし、更に各種トラッドの影響をも受けているわけでして、そのトラッドの影響はどこから来たのかというと、アイルランドから、ラテンから、バルカンから、中東から、等と色々な類似性を見いだすことが出来ます。
雅楽等も、直接は中国から、その先インドやペルシャ、中東辺りの影響を受けていることは結構確実なのでして、その辺りを調べてみるとずいぶん楽しいことになります、いや、与太じゃなくて、音楽の成立なんてモノは、案外相互に影響し合ってるなあと、で、全く関係していないように思う成立過程の音楽も、案外なところで根っこが一緒になってくるものだ、と、そういうお話です。
投稿: ooi | 2006/08/09 09:46
ooi さま
まあ、日本人にとっての音楽ミームがどこから来ているかというのは、まず基本として日本人がどことどこから来たのか詳細不明の多種混血民族である事と、その後、1500年から2000年近く、「シルクロードのどん詰まり」を続けた文化的特質のため、あらゆるものを飲み込んでいて、確たる筋はよく判らないんですよねぇ。
ただ、3拍子とか4拍子とかの、拍子を取る西洋音楽から、アフリカ系のビートを導入してさらにリズム感を研ぎすませて行って、ビート・コンシャスになっていったジャズ・ロックなどのビート系音楽に対し、(明治になって西洋音楽が入ってくる前の)日本の音楽は、仏僧の詠唱や、浪曲や、都々逸・常磐津・民謡、その他諸々の中で培われた、拍子という枠に収まらない、というよりあまり気にしない、音程コンシャス・詩歌コンシャスなルールで成り立っているのは、確かだと思います。
ま、きっちりと拍子を指定する西洋音楽との対比の問題であって、日本だって、各地の太鼓のリズムとかはもちろんあるんですがね。
投稿: 神北恵太 | 2006/08/09 11:25
ooiさんの「音楽」の定義がないと、↑のコメントは穴だらけになってしまいます(笑)。
より詳しくは、「音楽理論と楽器が」と言うべきだと思いますが、これとて、文化の伝播にともない、影響していったととどめるべきであり、必ずしもメソポタミア発生→東西に伝わったとは言い切れないでしょう。
さもないと、世界の音楽・舞踊文化は唯一メソポタミアが源泉であるかのようにとらえられてしまいます。
とりあえず、私は、東洋起源の音楽理論(旋法および拍法をベースとするもの)が直接伝播したのは、西はギリシアくらいまで、と考えます。ここから育った(旋法のみをベースとして拍法はとらない)グレゴリオ聖歌は、ポリフォニーの面で西洋音楽に大きく影響はしたかもしれませんが、それまでのヨーロッパ地元の音楽とは、異質のものであるとみなせるでしょう。
ていうか、そこからバロックあたりに和声法が発達していった時点で、まるで別もんですね(^^;
(この和声法のオリジンは、東洋起源ではないと考えます)。
さて、それは別としまして、松谷みよ子の『現代民話考』(立風書房/ちくま文庫)によれば、日露戦争の時など、狸が戦争に参加したというエピソードが残されているそうです。
ですから、あながち、狸がアメリカに渡ったというのも、「ない話」ではないかもしれません(笑)。
投稿: とら | 2006/08/09 11:35
とら さま
ジブリ映画の『平成狸合戦』で描かれたより20年程前の戦後すぐ、狸社会でも、進駐軍の基地でジャズを聴いてビート狂いになった奴が居て、聖地ニューオリンズ目指して大量渡米しちゃったりしていると、楽しいですねぇ。
投稿: 神北恵太 | 2006/08/09 11:52
「空中の音楽」の11拍子の手拍子を打とうとして途方に暮れる一難波弘之ファンとしては、そんなのが流れてきたら手拍子で悩んでるうちにいつの間にかビルの屋上から足を踏み出してるかもしれぬことよなあ。
そういえば何年か前にウルトラセブンを見ていたら発見がありました。子供の頃、効果音だと思い込んでたのは実はBGMであったのだ、と。
フリージャズなんだか現代音楽なんだかプログレなんだかよく判らんけど。
捕鯨民族である日本人のリズム感覚はクジラの歌が基本になってるのであって・・という説は無いか。
投稿: 森野人 | 2006/08/09 12:25
森野人 さま
ああ、あのウルトラセブンのティンパニーの、どでごん、どででごでん……ってBGMね。
あれは、巨大なものの足音っていうか、巨大なもの同士が争っている地響きを、ティンパニーひとつで表している、名曲ですねぇ。……てか、ま、あたしも子供の頃は曲として認識出来てなかったんですがね。
ジャズの名曲テイクファイブ(5拍子 3+2拍子)とともに、古い変拍子曲でアンスクエアダンス(7拍子 4+3拍子)という曲があります。ちなみに、妖星ゴラスのテーマが9拍子じゃなかったかな。たしか、4+5拍子。
あの辺りの変拍子の曲って、カクっとアテを外されるのにリズミックで、魅惑的です。
投稿: 神北恵太 | 2006/08/09 13:07