若き女船長の挑戦だぞ
「今はまだ信じられないかもしれんが、きみはきっと、この困難を乗り越える。きみには才能がある。必ず、別の道を見つけられるだろう……」
惑星スロッター・キー航宙軍士官学校校長
エリザベス・ムーンの『栄光への飛翔』『復讐への航路』『明日への誓い』を一気に読んだ。現代のスペースオペラとして、人気の高いシリーズである。
斉藤伯好さん(3巻目の『明日への誓い』は月岡小穂さんとの共訳)の名調子で、ぐいぐいと読ませる。
士官学校の最終学年も後数ヶ月で終了するという最後の段階で、カイ(カイラーラ=エバンジェリン=ドミニク=ヴァッタ)の人生は大きく変わった。士官学校がとある宗派の人間を冷遇したという惑星を揺るがすスキャンダルが発生し、情報の出所が、彼女が困っている後輩のために独自の判断で紹介した牧師である ことが発覚したのだ。責任を取らされ、自主退学という名の放校処分となったカイは、実家に逃げ帰るように戻った。
彼女の実家ヴァッタ家は代々手堅い運輸業者として知られており、航宙貨物船を多数所持し、遥か遠くの恒星系まで船を送り出していた。時は宇宙の大航海時代。近隣の星々やを主要経済域を巡回する定期便とともに、船長の判断で荷と目的地を選びつつ、何年も自由に商圏を航宙し続ける不定期の貨物船も多く運航していた。
惑星規模で広がるスキャンダルから娘を守るため、父親でヴァッタ航宙社長のジェラードはカイを、辺境の星で売却する予定の老朽船<グレニーズ・ジョーンズ>の船長に任命し、長い航海に送り出すことにした。途中に立ち寄る星で荷受人が期限を切って待っている荷が半分。残り半分は、途中で売り買いしながら、利を上げつつ、何ヶ月かを掛けて宇宙溝(リフト)のほとりの惑星ラストウェイまで到達、最後の売買として、乗って来た<グレニーズ・ジョーンズ>自身を売り払い、その利益を持って、クルーとともに母星スロッター・キーに帰る。それが新米船長カイに与えられた最初の仕事だった。<グレニーズ・ジョーンズ>は最後に取り替えてから43年間使われて来たというエンジンに関しては老朽化が激しいものの、船体は改修が入っていてまだしっかりしており、ベテランのクルーとともに新米艦長が初の航宙に乗り出すには、オンボロながら手頃な船だった。
しかし、カイにはひとつ算段があった。途中の交易で充分な収益を上げ、老朽船の予想船体価格と改造費が捻出できれば、会社に充分な収益をもたらした上で、晴れて<グレニーズ・ジョーンズ>を自分のものと出来る。会社の船でなく自らの船となれば、ただ命令をこなすだけの立場から、会社からの依頼を受ける立場となり、より自由に利益の高い業務を選択できる。
最初の寄港地ベリンタで、早くもそのチャンスが到来した。他社の船でベリンタに届く筈の農業機械が行方不明になっていると言う。カイは、ラストウェイへ向けて直接出港せず、一旦、農機製造業者ファームパワー社のあるサビーネ星系へ、安い中古農機を買い付けに行くことにした。
しかし、予想以上にエンジンの劣化が進み、ハイパー・スペースへの再突入不能になった<グレニーズ・ジョーンズ>が這々の体でサビーネへと到着した頃、運悪くこの恒星系では第一居住可能惑星サビーネ・プライムと第二居住可能惑星サビーネ・セカンダスの間の地域間抗争が激化し、内戦状態になろうとしていた。
この時代、各恒星系には、ISC(星間通信局)の設置した巨大なアンシブル中継点と呼ばれる構造物が設置されている。この中継点は、通常の電波通信網を超光速通信(アンシブル)に接続しており、これによって各恒星系は何光年・何十光年という距離を瞬時に結び、連絡を取り合える。しかし、アンシブル通信機は巨大なものであり、超光速航行をする船舶に搭載することは出来ない。ISCは、アンシブルを供給する唯一無二の企業として人類社会に君臨しており、独占に対する一定の反発はあるものの、政体にせよ。ヴァッタ航宙のような交易業者にせよ、傭兵会社にせよ、恒星系を超えて商売が広がるあらゆる産業においてアンシブルは必要であり、ISCはそれなりの尊敬を集め、必要とされていた。
しかし、<グレニーズ・ジョーンズ>の寄港中に情勢が急速悪化。何者かによってサビーネのアンシブル中継点が破壊されるという事態が起こった。犯人は判らないものの最悪のテロである。本社との連絡が取れず、資金が足りずにエンジンの修復もままならない<グレニーズ・ジョーンズ>は、軌道上のステーションが次のテロの標的とされる恐れを感じて、ステーションを離れた。とはいえ超光速エンジンの故障で通常航行しか出来ないこの船は、この戦時下の恒星系から脱出する手段を失っていた。
果たして彼女と<グレニーズ・ジョーンズ>の命運は如何に?!
本来、ホースオペラ(西部劇)の変形として現れた1920〜30年代のスペースオペラは、日本で言えば剣豪小説やテレビ時代劇等と近いもので、主人公達は早撃ちの名手とか、秘剣の継承者とか、亡国のご落胤とか、先の副将軍とか、どこか一般ピーブルとは違う力や立場のスーパーヒーロー・ヒロインだ。換骨奪胎のベースとなったのは西部劇だけではなく、中世英雄譚や海洋冒険小説が含まれることは確かだが、舞台装置だけでなく、やはりヒーローありきであるところが本来のスペースオペラの姿だ。たしかにこの話も、祖形は大航海時代に題を取った帆船モノだが、このヒロインのカイラーラはけしてカーチス=ニュートンやリチャード=シートン、ノースウェスト=スミス、そしてルーク=スカイウォーカー等と比肩するような神話的な、超天才科学者でも宇宙を放浪する無頼の徒でも、運命の戦士でも、秘技の継承者でもない。どちらかと言えば、新時代(1960〜70年代)の『銀河辺境シリーズ』のジョン=グライムズとかに近い真面目さとか人間くささを持っている、どこにでも居そうなちょっと気が強いお嬢さんである。もちろん、数々の危機を機転と体力で切り抜けて行くのだから、意志も強く頭もよく体力も十二分に持ってはいるが、なにか特別な力を持つ訳ではない。(ま、大富豪の社長令嬢で士官学校中退という経歴からして既に普通では無いだろうと言うムキもございましょうが……)宇宙大航海時代の真ん中で、この普通のお嬢さんが、身体を張って大活躍というお話しである。
また、一言多い性格や、何にでも首を突っ込んでしまうところ、トラブルが向こうから徒党を組んで突進して来るところ、そして体力勝負でいつも最後になんとかしてしまうところ等、わりと色濃くララ=クロフトと似た要素がある。作家が意図的にそう似せたのかどうかは判らないが、ある意味、現代が求めている普遍的なヒロイン像なのかもしれない。
しかし、この超光速通信が巨大なインフラ産業で、超光速船舶が超光速通信機を持たぬ大航海時代的な「言って来い」式の独航船という、ちょっとアンバランスな感のある世界観。そこで暮らす現代風の文化と、近世的な世界の広がりを共に享受する人々。湧き上がるような豊穣な異世界の香り。
そして、原題のシリーズ名『ヴァッタ家の戦争(Vatta's War)』の示す通り、ただカイラーラだけの話に留まらず、その従姉のステラ、一族の長老グレイシーおばさん等、カイラーラ船長の初航宙に始まる一連の事件の中でヴァッタ家の女性達のそれぞれの戦いを描く群像劇でもある。いっそ、NHKの日曜夜8時枠で大河ドラマにしたら面白そうだぞこれ。
これぞ21世紀のスペースオペラ。冒険するに相応しい神秘と脅威に満ちた広大にして深遠な世界。ぐいぐい読ませる面白さ。
宇宙狭しと駆け巡る冒険がお好きな方は、是非、読んで頂きたい作品である。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント