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2007/02/04

紀元は四千何百年?…だぞ

 時事通信社の2007年2月3日配信のニュース『西暦ではなく「黄帝紀年」を=ネットで提唱、反論も−中国』に、大笑い。

 【北京3日時事】「各民族には固有の紀元がある。中国は西暦ではなく黄帝紀元を用いるべし」−。中国の大学教授らが1月末、中華民族の祖とされる伝説上の帝王、黄帝の誕生年を起点とする「黄帝紀年」をインターネット上で提唱した。大国化に伴って高まる中華ナショナリズムの発露と言えるが、「奇をてらった考え」とする批判も出ている。

 この巨大な国の後進性と、歴史に何も学ばない中華思想を物語っていて、思わず吹き出してしまった。

 本来、建国を期に暦を作るというのは、さほど珍しいことではない。というか、日本にせよ中国にせよ(……っちゅうか、元は中国の制度なんだが……)、帝が変わる度に、年号を改めるのが一種の習わしだった時期が長い。ただ、これは、「○○帝の○年から△△帝の△年まで」が何年間かということを正確に知るには、それ相応、歴史の知識が必要になる。

 これに較べ、西暦というものは、二つの理由で簡単だ。
 キリストの誕生年というものを一つの基準とすることが順当かどうかは別として、(あと、その年に本当にキリストが生まれた訳でもないということも別として、)1本の時間系で何千年もの時代を一望できること。これが簡単のその1。
 これのお陰で、啼くよウグイス平安京から良い国作ろう鎌倉幕府の間が何年か?…なんてコトが一瞬で1192マイナス794イコール398年と出せるわけだ。
 また、どこの国のこともこの西暦で語るお陰で、並行した時代の出来事を確認することも出来る。これが簡単のその2。
 良い国作ろう鎌倉幕府の1192年、アイユーブ朝のサラディンがエルサレムを占拠したことに端を発する英王リチャード1世・仏王フィリップ2世・皇帝フリードリヒ2世達による第三次十字軍が、エルサレム奪還を諦め、失意の帰還を果たしたと言うことが簡単に判るのは、各国の歴史が西暦と言う一つの基準に沿っているお陰でもある。
 これが、AD1192年の十字軍帰還と皇紀1852年の鎌倉幕府と言っていたら、並ぶかどうかなんてコトは、暦号に関する深い知識が無ければ判らなくなってしまう。

 基準や単位系なんて物は、一つで済むに越したことは無いのだ。

 それでも、既に単位がある分野で新しい単位を作りたいというのは、特に年号の場合、国粋主義的志向と言うべきだろう。
 過去、そういうことをやった一番身近な例が、我々の国日本の皇紀(神武暦)だ。そうした暦の採用が、国を挙げての国粋主義的な偏重を加速し、昭和10年の「紀元二千六百年祝典準備委員会」発足から昭和20年までの約10年間で日本がどう言う歴史をたどったかは、ここで改めて語るまでもあるまい。
 何かと云うと日本に過去の歴史に対する責任論をぶつ国にしては、「黄帝暦」は歴史に何一つ学んでいないと言うか、学ぶ気もないというか、ちと了見が狭い稚拙な国粋論の帰結であろう。

 ネットでの発言は、誰が何を言い出そうがその人の自由であるべきだ。しかし、それと同時に、この発言をした大学教授や、それを雇っている大学の見識は、当然問われてしかるべきだろう。

 もちろん、ネットで「奇をてらった考え」とする批判もある訳で、中国も10億全員莫迦ばかりではないってコトなんだけど……。

 ちなみに、言うまでもないことだが、この黄帝。4000〜5000年前に生きていた人か、もしくは、その時代の何人かの功績を一人に仮託した英雄像と考えられている。いずれにせよ、歴史から神話へと移るあたりか、そのチョイと向こう側の人で、正確な生年没年どころか、何処で生まれて育って来たか、誰もが知らない謎の人である。

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コメント

宇宙世紀元年としてに 「新世紀宣言」 だったら良かったのに。

ただ中国の民衆は日本人とは違って、したたかですから、お上がどういおうと、家族主義にははしっても国家主義には行かないと思います。

投稿: うじthe駄目~ん | 2007/02/04 18:10

うじthe駄目~ん さま

 うん。正気のうちはそうなんですけどねぇ。国粋主義と言う酒は、なんだか、酔えば酔うほどタチが悪くなり、周りでまだ酔ってないヤツを酔うまで呑ませたくなるようなところがありますからね。一旦これが発動すると、民族的・歴史的にどうこうと言うことでは無いのかもしれませんよ。
 ほら、別に地球全体から誰ということ無く集まったはずの移民の国で、国民を狂躁状態に追い込んだ挙げ句、実の父から「ヒットラーの尻尾」と呼ばれたデコ禿げ予備軍の独裁者が居たじゃないですか……。

投稿: 神北恵太 | 2007/02/04 19:08

単位ということでは、未だにヤード・ポンド法を使っている英語圏は……、ということにもなりますね。

投稿: やしお | 2007/02/04 21:35

 西暦元年より古い紀元を主張することに意味があるんでしょう。かつて極東の国でお馬鹿な人たちがやったように。
 だからこそ、この黄帝紀元は採用される可能性はあるかも。
 神北さんのおっしゃるとおり、複数の紀元を併用することには大きな問題があります。経験に照らすと、身近な人に「元禄は江戸時代の前半だったか後半だったか」と尋ねれば半数以上の人が「後半」と答えてしまいます。そのあとに「元禄は犬公方の時代だよ」というと、たいていの人は正しく訂正します。
 いまさら西暦以外の紀元を主張するのは合理的じゃないと思います。

 ところで、人口比でみると西暦は必ずしも多数派とは言い切れないんですよねぇ。困ったことに地球人類の非常に大きな勢力は太陰暦を採用しているのですから。

投稿: 東部戦線 | 2007/02/04 23:21

やしお さま

 未だに国際単位メートル法や摂氏を採用できず、ヤード・ポンド法や華氏に固執する国々は、かなり痛みを伴う改革を経て尺貫法からの脱却を図った日本と較べ、頑迷だと思いますよ。
 ま、どの系であれ、物理法則が歪む訳ではないので、敢えて「非科学的」とまでは言いませんが……。

東部戦線 さま

 どんなに頑張っても約5000年の中国。6000年は行くと言うインドに同じことされたら、その他大勢の有象無象に沈み込んじゃうだけなんですけどねぇ。

投稿: 神北恵太 | 2007/02/05 08:19

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