聖なる漆黒の獣だぞ
「私に、うぬぼれるという行為は存在しない。それは、いかにうぬぼれたところで私の実力にはとうてい及ばぬからだ。そうは思わんか?」
ヤズダギルド皇子
『黄金の魔女が棲む森 聖なる漆黒の獣』(麻木未穂 860円)徳間書店トクマノベルズEdge
再びの麻木未穂『黄金の魔女が棲む森』シリーズである。第4巻にあたる今回は、『〜 聖なる漆黒の獣』。舞台はエーラーン帝国の内陸都 市ケルマンに始まり、東方ローマ帝国首都コンスタンティノポリスを経てイステル川を渡り北上、シフの暮らした神狩りの森もほど近い東方ローマ帝国北方の化 外の地へと広がる。
さて、再び話は、エーラーン帝国(サーサーン朝ペルシア)から始まる。前回登場した2人、ヤズダギルド皇子と傭兵スタウロスは、あの事件(前巻のマル
ダース皇子が亡くなった事件)の後、王宮に居る。ヤズダギルドは皇帝ヴァラフラン4世の命により都に留まったのだ。スタウロスはそのヤズダギルドと約束し
た金貨80枚の報奨金を貰うまでは、この皇子から離れられない。一度、山の宮殿に戻らないと金貨は無いと云われ、ヤズダギルドが都を離れ山に戻るのを待ち
わびて……いるつもりが、いつもヤズダギルドのよいオモチャにされているスタウロス。
一方、コンスタンティノポリスでは、前巻のお話しで親しくなったアルメニアの大貴族マミコニャン家のシャフルナーズ嬢と文の遣り取りをする“夜の親衛隊長”レギウスは、シフの追求を受けつつ困り果てていた。
キリスト教暦395年、冬。イステル川が凍てつき、フン族が東ローマ帝国領を侵し始める時期を前に、いずれも、仲良くてめでたしめでたしである。……と終わらないのがこのお話し。
シフのもとにやって来たエーラーン貴族の娘ウェーザクは、身籠っていた。しかし、ルヴァーの助産のもと彼女が産み落としたものは、赤子ではなく、卵の形
をした石だったのである。それを「時の卵」と呼ぶウェーザクは、パンノニアまで行きイステル川を越えて北方の山岳地帯にあると云う神の棲む居城、虚空城へ
と赴き、アポルオンなる者にこれを渡して欲しいと言い残し、産褥で命を落とす。袖触り合った以上、その「時の卵」を届けてやろうと、シフは一人旅立つ。
一方、ウェーザクの異母兄で許婚者のアスパーフバット家の世継ぎファルハードは、突然姿を消した妹を追い、一歩遅れてレギウスの荘園へと至り、妹が死に、シフと言う娘がその意志を継いで旅立った事を知り、後を追った。
しかし、そのころエーラーンでは、時の卵の中に眠る破壊霊(ガナーグ・メーノーグ)の力を得てエーラーン帝国を、そして世界を手に入れようとする大貴族
スパンディヤード家の世継ぎミフル・ナルセが、惑術によって作り出した生ける土人形ヴォルグスを4人、遥か西の国へと放った。
今まで、「神やその脅威を感じるのは、巫女の血筋のシフとその傍に居る何人かのみ」という形で、ファンタジー要素を秘めつつも、記録として世に残るのは、我々の知るローマ帝国の歴史のみという趣きを保っていたのだが、今回は割と大掛かりで他者に影響を及ぼす「術」が乱れ飛ぶ。レギウスなんか、或術でシフのもとへテレポートされちゃったりする。
「ファンタジー度大幅にアップ!」と帯にあるのは嘘ではない。そして、前巻から多くの登場人物がレギュラーとして居残った。事ここに至り、前提を整えてやっと大きな物語が動き出したという感がある。
可哀相なのは、前回に引き続き、今回も大けがをしてほとんど寝ているだけのレギウス。なんだか、既存4巻中2巻でメインらしい活躍をさせてもらってない。いや、取り巻くその他の女性、対シャフルナーズ殿とか、対皇后陛下とかで、割と良い点数は稼いでいるんだろうが、肝心の対シフのスコアで、命を救われてばかり、借りが増えるばかりというのは、いささかアズマシく無いんでないかい? そろそろエエとこ見せんとねぇ。
ま、今回は怪我の原因がシフにあるんだから、バランスとしては良いのかもしれんが、なかなか剣の腕を揮う場が無いというのは、“夜の親衛隊長”として、どうよ?
その分、今回大活躍なのが、新登場のエーラーン貴族ファルハードくん。出て来た瞬間に将来を約束した異母妹が既に死んでいると云う、一見不幸のどん底にある割には、意外とスケベ心の根が深い。朴念仁の親衛隊長ますます危うし!
さらに、ヤズダギルドとスタウロス。この2人は、やはり主人公にはならない事が決まっているだけに悠々とやっている感じが良い。
ここいらへんが一堂に会して、大事に挑む未来はあるのか? 無いのか? 続巻にも、ますます期待したい。
ちなみに、今回も、前巻に引き続き神北の地図を入れさせて頂いた。今度は、4世紀末エーラーン帝国(サーサーン朝ペルシア)である。
まだ、アッラーの教えが広まらぬ時代、西端は半属国のアルメニア等を通してキリスト教圏の東ローマ帝国にゆるやかに隣接しつつ、反対側の東端は、かつて仏教圏であったガンダーラあたりまでを含み、インドや(中国で言うトコロの)西域に接する、広大な拝火教国家を夢想して頂きたい。
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