有限会社迅雷計画だぞ
「“時穴様”からお前たち二人が現れた時は、言い伝えがあったとはいえ驚いたぞ。しかも一人はわしを『お祖父さん』などと呼ぶ。あの時わしはまだ結婚すらしとらんかったのにな」 退役海軍大佐 巻冬吉
『迅雷計画 ミッドウェー殲滅作戦』佐原晃(学研 歴史群像新書 ¥900+税)
奥付2007年4月10日なので、少し遅くなったが、「迅雷」の書評である。
1998年、NASDAで技術者をしていた巻史郎(まきしろう)は、父の死を機にその遺産を元手に、少ない予算に汲々とせざるを得ない官職を退き、友人たちを引き込んで起業した。社名は、有限会社迅雷計画。しかし、JR秋葉原駅から程近い古ビルに入った資本金900万円の小さな会社は、事業内容が少しばかり変わっていた。
- 帝国陸海軍への各種電子機器等の供給および保守
- 帝国陸海軍の情報技術に関する人材教育
- 帝国陸海軍の兵器開発に関する情報提供および技術支援
- 帝国海軍の作戦指揮に関するコンサルティング全般
- 日本製ロケットの研究開発および宇宙開発
- 上記に付随する一切の業務
巻の実家の土蔵の中には、はるか昔から“時穴様”と呼ばれる祠が祀られていた。この祠の中から奥へ向かい、人一人が荷物を持って通れる程の洞窟が続いており、抜けて行くとそこは、65年過去の同じ場所。逆に過去の“時穴様”から洞窟に入ると65年後の現代に帰って来ることが出来る。この穴は、ちょうど65年の時を行き来出来るタイムトンネルなのである。
進まぬ日本の宇宙開発の現況は、太平洋戦争の敗北に遠因ありとする巻は、日本独自の宇宙開発、日本人を月に送り込む、という非常に個人的な想いから、父が亡くなり自分のものとなった財産を元に、大日本帝国を太平洋戦争に勝利させて日本独自の宇宙開発への道を開くため、帝国陸海軍にテコ入れを行なう会社を興したのである。
『パラレルワールド大戦争』(豊田有恒)のような、タイムトンネルで過去に援助するタイプのSF寄りの架空戦記である。もちろん、元になるシカケが似ているだけで、二つのお話しは全く違うテイストを持ち、描きたいモノも全く違う。『パラレル……』のラストで主人公たちが経験した、軍事国家現代日本というデストピアとは違う未来にむけて、主人公たちは歩んでいる。
巻たちは、まず“時穴様”で運べるものの中で、最も重要なものを幾つか運び込む。とはいえ、50年以上進歩した技術力をそのまま持ち込んでも理解不能の魔法のようなものだから、運び込む技術は、我々より30年近く古く、しかし、“時穴様”の向こうに待つ彼等よりは30年以上新しい、昭和後末期の技術製品を持ち込んで見せた。たしかに格段の品質を持つが、それは昭和初期の技術者が夢見る範疇に収まっており、手本と手順を教えると、どんどんと理解が進み、彼等はそれを血肉として行く。
しかし、どんなに基本が技術の底上げに有るからと云って、それだけで終わりに出来ない場合が有る。いくら手本が有るとはいえ、技術革新には一定の時間がかかり、かといって戦争は待ってくれないのだ。真珠湾攻撃に対する報復措置としてアメリカ軍が総力を上げて取り組んだドゥーリットル隊の東京空襲(1942年4月)を阻止すべく、急遽開発された秋水には、現代から持ち込まれたバケットシートが取り付けられ、パイロットにも、ヘルメット、酸素マスク、パイロットスーツといった現代のジェット戦闘機の乗員と同じ装備が与えられた。すべて、“時穴様”を越えて、迅雷計画の社員によって運び込まれた。
我々の知る史実より2年も早くに萱場航空機で製造された秋水は、見事、ドゥーリットル隊のB-25を撃墜。ほとんどの日本人が知ることはなかったが、すでに日本は我々の知る史実から離れ、新たな歴史の舞台へと歩み出して行った。そして、この舞台のキャスティングボードを握るのが、65年も先の未来の会社、有限会社迅雷計画なのである。
海軍大佐だった巻の祖父、冬吉を起点としたコネにより、帝国陸海軍や兵器産業のキーマンたちと気脈を通じて行く迅雷計画の面々。徐々に多くの人材を巻き込み、日本は加速度的に強くなって行く。しかし、ここに来て、巻たちは大きな問題に直面する。
既に歴史は、彼等が知らないルートに乗りつつ有る。ここまでは完璧なガイド役だった歴史書は、もはや役に立たない。ここからどうやって日本を戦争に勝たせて行くのか。そして、巻史郎が望んで止まない有人月ロケット計画は?
……というわけで、続刊にも期待が掛かる『迅雷計画』。
1969年7月、幼少期の巻史郎はテレビで、アポロの月着陸中継を見ていた。我々の世代の人間にとって、月着陸がどれほど大きなものであったか、多分、その当時生まれていなかった人々に伝えることは不可能だろうが、同じ世代の者同士では、言葉にする必要もない。あれは我々にとってそういう、昨日までと今日からが全く変わってしまうような、大きな転換点だった。
この時、巻は「何で、日本もロケットを作って月に行かないの?」と父に訊く少年だった。
アメリカとの戦争に負け、僅か24年前に瓦礫の中から復興の途に着いた日本には、まだまだ宇宙開発にかけられる莫大な予算が捻出出来ないことを、易しく説く父。この時、宇宙技術者巻史郎の道は決まり、30年近く後の1998年、既に世界でも屈指の経済大国になりながらも宇宙開発の予算が更に削られる現状を前に、その道は途絶えた。
過去の戦争の勝敗を変え、国の命運を変え、自分の望む姿にしてしまおう。なかなかよい狂いっぷりである。人々のためでも人類のためでもなんでもなく、自分が宇宙開発をしたいと云うただ一点に集約される、動機の不純さ(? ひょっとして純さ?)が良い。
運命の女神が勝利の天秤を反対に傾ける時、勝った誰かが幸福になるかわりに、逆に負けた誰かが不幸になる。考えるまでも無く当然のことであり、最初から判り切ったことだ。だからこそ、歴史介入の機会があったとして、自分の意志でその世界の未来を変えてしまう決断が着くかと云うのは、歴史改変介入型の架空戦記を書く作家が、なんとしても未来人たる主人公に越えさせなくてはならない、決断の峠だ。
それを「誰のためでもなく自分自身の野望のために」平然と越えて行く巻史郎。別に支配欲でも名誉欲でもなく、平和のためでも人々のためでもない。ただ、「宇宙開発に潤沢な予算を着ける」ためという、その狂気が心地よい。
有限会社迅雷計画のブログによると『迅雷計画2』の執筆に編集さんからGOも出ているようで、今後の巻史郎とその一党の狂いっぷりに、期待したい。
P.S.
あ、巻史郎と云われて瞬時に岸田森の顔が浮かんだ人は、事務所での昭和40年代のテレビドラマみたいな会話が、3割お得に楽しめます。
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コメント
じいさんは白影さんかい!
投稿: 笹本祐一 | 2007/05/25 12:05
SRIの事務所で牧さんと白影が会話してる図が頭に浮かんでしまいましたよっと。
投稿: kemo | 2007/05/25 12:22
笹本祐一 さま
そーゆーことです。(^_^;)
でも、ひょっとすると河童の六兵衛さんかも知れません。
kemo さま
やっぱ、そー来ますか! (^_^;)
投稿: 神北恵太 | 2007/05/25 12:49
ちなみに、現状で登場予定のない母親の旧性は大村です。
千吉さんが婿養子になっていたら……(·ω·)
投稿: さはらあきら | 2007/05/25 12:54
さはらあきら さま
おお、そんなことだったのか!
大村千吉、怪獣や宇宙人・怪人を、見るか、殺されるか、なんかそういう役ばかりのギョロ目の役者さんですね。
投稿: 神北恵太 | 2007/05/25 13:08
大村千吉さんつーと、「怪奇大作戦 恐怖人間スペシャル」のLDジャケがどうしても・・・
投稿: kemo | 2007/05/25 21:51
kemo さま
http://www.ucatv.ne.jp/~rydeen/SRI/resource_old/index.html
ここにジャケ写がありますが、たしかにスゴいね、こりゃ。
http://www14.big.or.jp/~hosoya/feature/feature001a.htm
ここも凄いですが……。
投稿: 神北恵太 | 2007/05/25 23:38