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2007/06/05

白馬でまったりだぞ

 ローカルな場所で参加者にリフレッシュしてもらうコンベンション、ローカル・リフレッシュ・コンベンション(LRC)に参加して来た。LRCも今回で24回目。80年代のローカルコンベンション林立期から今日まで、真面目に休みなしに毎年やっている継続の力だ。もちろん場所は長野県北安曇郡白馬村岩岳、岩岳セブンロッジ
 このセブンロッジ、人気二人組歌手スキマスイッチの片方が、親に連れられて子供の頃から(今も)通っていたと云うことで、なんだか最近、聖地になりつつあるらしい。ネットでも「セブンロッジに行きたい」という書き込みがちらほら。
 LRC初参加のたぶん1990年か91年頃の、まだ冬と春先はスキー客、それ以外の時期は合宿トレーニングする大学生集団でにぎわっていた頃から、あまり何日も泊まり込むようなハードな滑り方や、厳しい夏合宿をともなう根性系スポーツ部が時流に合わなくなって白馬全体から年間通して客が減って行く時期を、毎年毎年、定点観測のように見て来ただけに、感慨ひとしお。

あると
迷子郵便供養塔
 今なら、迷子メール供養塔とかスパムメール供養塔とかかなぁ。しかし日本人は手紙好きだと思う。

 前日に信州入りして実家に泊まったむらさきと、当日さいたまで車を借り出して走っていった神北が合流したのは昼頃の長野駅。東口の地下駐車場は、信越自動車道長野インターから寄って行き易い側であることや、30分以内無料と云うことで、人のピックアップに向いた立地要件。

 12時15分頃に長野駅を出て、まずは恒例の善光寺参詣。車は例年通りに善光寺裏の第一駐車場に。裏から本道脇を抜けると意外なほど善光寺本堂は近い。
 この裏側から入ってすぐのところに『迷子郵便供養塔』がある。紀三井寺(和歌山県)にも同じ名前の供養碑があるが、善光寺のはこういう次第で作られたらしい。

 縁起
 我が国における郵便物の数は年間二〇億通を越え米国英国に次いで世界第三位である
 このなかに受取人に配達することも差出人に返送することもできない郵便が一八〇万余通もある
 これら郵便として使命を果たすことのできない迷子郵便を供養するため郵便創業百年にあたり前島密先生出身の地に近いここ善光寺に全国有志諸君とともにこの塔を建てる
 昭和四十六年四月二十日
 郵政大臣 井出一太郎

 …と碑には縁起が書かれている。昭和46年は1971年、大阪万博の直後。ダイレクトメールなんテェものも今程盛んではなく、まだまだ牧歌的な時代だなぁと女房と話す。
 今では、「届かない手紙」に困るより「届かないで欲しい手紙」の山に困らされる方が何倍も多いというのに、この頃の人は、使命を果たせない手紙たちに涙して供養塔を建てたのである。

 しかし、この碑文、なんだかちぃっと作為も感じる。明治の高位官僚であり政治家、郵便事業や電信事業の推進者として知られる前島密翁は、越後国中頸城郡津有村(越後高田藩)生まれ、これは現在の新潟県上越市下池部だ。まあ、文化的には上杉謙信の領地としてひとつながりだが、隣の県の人。逆に、碑を建てた井出一太郎大臣は佐藤栄作首相の第三次佐藤内閣前半の郵政大臣で、長野県南佐久郡臼田町(現・佐久市)出身。つまり、長野県人。
 なんか、自分の郵政大臣の年に郵便百年が来たのを良い事に、ちぃっとばかり隣県出身の大先輩前島密をダシにして故郷に錦を飾ったクサい。(^_^;) なんだかなー。

あると
ごくらく三段 十割蕎麦
 十割なのだが、細かな製粉によりボツボツ切れるようなことは無く、美味しい。

 で、まずは善光寺の本堂を参拝し、その足で三門(山門)を越え、駒帰り橋通りを渡り、仲見世をどんどん門前に向かって下る。さらに仁王門を越え、宿坊の建ち並ぶ石畳を下り、横町通りを渡って、中央通に出る。これは毎年の神聖な行事。本願寺参詣と神北家にとっては一続きの風習、藤木庵で蕎麦を食うのだ。

 メニューはいつもの「ごくらくそば」の三段。蕎麦は二八・粗挽き・十割の3種から選べ、十割は1,650円、他は1,450円。くるみ汁・とろろ汁・そばつゆの3種で頂くお蕎麦。くるみ汁・とろろ汁だけの二段というのもあるが、ここはまあ、しっかり食いたいところ。小学校の頃、家族旅行で訪れて以来、善光寺を訪れる以上は、出来得る限り欠かさないようにしている。

あると
創業文政十年の看板
 文政10年は1827年だから今年は創業180年目ということになる。

 1998年(平成10年)の長野オリンピックから9年。オリンピックに向けて行なった街並美化のための大補修の次の波なのか、善光寺から大門にかけての中央通は、今、なんだか改築修繕が進んでいる模様。七味唐辛子の根元八幡屋磯五郎も大門町店を新築するらしく、現在中央通を挟んだ向かいのお店で営業中。
 缶型のMP3プレイヤーやら、その昔に七味唐辛子の包装に使った山中紙で作ったトートバッグなど、ちょっと本業以外にはしゃぎすぎている観が無くもないが、我が家の七味唐辛子ブランドはいつもここである。

 普段はメシを食った後、駐車場に戻ってすぐに出発するのだが、今回は、むらさきがカメラ用のSDカードが欲しいと云うので、ちょっと違う方向へ。

 中央通はなんと言っても長野駅から善光寺への参道、市街随一の観光スポットなので、デジカメ用のSDカードぐらいどこかで扱っているだろうと考えていたが、なかなか見当たらない。文具店など、結構扱っていることの多そうな店を探して歩いたが、どこのお店も「ごめんなさい」。うーむ。古い街だから、なかなかそういうものを扱う店は増えんのかのう……。最悪、イトーヨーカドーまで行けば何とかなるのではないかと教えてくれた店員さんが居たので、観光半分買い物半分で善光寺の門前町をフラフラと歩く。

 トポトポと中央通を下っていって、北野文芸座の向かいあたりを左に折れて権堂のアーケード街へ。なんか、長野一の繁華街っちゅう話だったのだが、ここも今やシャッター商店街になりつつあるのか、土曜日の昼下がりと云うのに人通りも少ない。ただ、比較的新しいアーケードなのか、太陽光が存分に降り注いでいて、歩いていても陰湿な気配はない。

あると
獅子頭
 なかなか良い顔をしている獅子頭。右手奥が秋葉神社の社殿。商店街のアーケード脇の岩の上に直接載っている。

 で、権堂アーケード街を地下鉄権堂駅のあたりまで歩いていったイトーヨーカドーの隣に、巨大な獅子頭があった。

 デカっ! 目玉だけでも人間のアタマ大はあるのではなかろうか。とにかくデカっ!

 この獅子頭が何か(何を表したものか)と云うのはよくは判らなかったが、ここは秋葉神社だそうだ。秋葉神社。主祭神は軻遇突智命(かぐつちのみこと)、火之迦具土大神(ひのかぐつちのおおかみ)とも書き、言わずと知れた古事記に登場する火の神で、出産の時に母を焼き殺し、父親に十拳剣「アメノオハバリ(天尾羽張)」で斬り殺されるという壮絶な逸話を持つ神様である。

 とはいえ、神仏混淆の江戸時代に秋葉と云えば、秋葉大権現として、火伏せ・火除けの神様である。明治初期、相生町の大火の後、東京に鎮火社として勧請され、その周囲の防火地を秋葉っ原と呼び慣わしたのが、明治21年(1888年)に神社が転出した後も地名として今に残る、秋葉大権現。これに連なる神社らしい。

あると
秋葉神社
 商店街(アーケード街)の中央に位置する神社だけに、あか抜けて気さくな雰囲気。

 今や、秋葉原のお宮さんは神田明神ってぇ事になっていて、我が家の初詣はたいていこちらだが、地名の大元になった秋葉神社に詣でたことは今まで無かった。こりゃ良い機会と早速参拝。秋葉社(秋葉神社・秋葉大権現など)は、一説には全国四百超という話なので、もっと身近にあっても不思議無いから、気付かぬだけでよく通る神社や祠が秋葉さんということも多いのだろうが、まぁ、意識して詣でた最初と云うことで、ひとつ良しとして下さい。

あると
八十二銀行
 まだ10年しか経っていない新しい建物だが、古風な良いデザインを踏襲している。

 長野市内は、冬期オリンピックを前に大規模な都市計画から商業施設の立て直しまで、官民一体となってかなり景気のいい話をしまくったせいか、オリンピック直前ぐらいに完成した、わりと新しいのに風格のあるビルが多い。生活者にとっては変なビルばっかりになったという不満もあろうが、都市の持つイメージを都市に住む者自身が損ねないように、わりと頑張っていた観がある。

 ちょっと頑張りすぎちゃったぐらいに頑張ったのが、八十二銀行の大門町支店。この古き良き銀行建築の華のような古風な石造りの建物が、定礎平成九年。つまり、オリンピックの前年になんとか滑り込みで立て替えたものらしい。日本橋の日本橋三井タワーが、どんなに頑張っても隣に並ぶ三井本館の石造りの凄みを出せずに、なんとなく一見した雰囲気だけ似せた、実は似ても似つかぬスチャラカな現代式ナンチャッテ建築になっているのに較べ、なかなか気合いの入り方が違うと思う。
 まぁ、もっとも三井タワーは高層建築なので、昔と同じ工法で作ることは事実上不可能なんだが……。

あると
戸隠中社
 奥社の一山全部が社領地みたいな広大さと較べると、わりとこじんまりした人里の神社サイズ。

 秋葉神社に詣でた後、その隣のイトーヨーカドーで無事SDカードをゲットした神北家は、再び同じ道を戻って善光寺裏手の第一駐車場から、いつものように戸隠高原へと歩を進める。

 善光寺から一旦西に向かって出て、往生地浄水場・長野西高を回り込み、妙法寺・御嶽神社の脇から大峰山をめざして七曲の坂を上り、戸隠バードラインを西進する。バードラインは愛宕山の脇を通り、大座法師池で左折して、飯綱浄水場の先から県道506号へと伸び、戸隠の蕎麦博物館の脇を通って村の中へと入る。戸隠神社前郵便局の脇を過ぎると、もう正面に宝光社の石段が見える。ただ今年の目的は中社なので、宝光社と日之御子社の脇を過ぎて、戸隠一番の繁華街を抜け、中社へ。

 戸隠神社は、明治の廃仏棄釈以前は山伏の修行を積む広大な修験場で、数多くの宿坊を擁していたらしい。まあ、当時は神仏混淆時代なので、寺内の社や神社内の仏堂も珍しくはなかったから、神仏の主客を逆転させて看板を架け替えることで、聖地の存続を図ったのだろう。
 だから、神殿というよりは仏閣の風情の社が建っていたりするが、それがこの戸隠の色合いである。

あると
今回のレンタル神北号 白沢洞門の前にて
 やはりコルトである。こういう山道を走る1300ccクラスのレンタカーは、足回りが真面目なコルトが良い。

 中社の傍の土産物屋兼食堂で一息つき、さて後は山道の残り半分。

 戸隠からの道は南西方面へ下がり鬼無里へ。ここで、湯河原温泉から須坂市に向かっては大笹街道、長野市に入って一旦国道18号線に合流して平林街道となり、再び県庁の裏を通って西進して来る国道406号線に入る。国道406号線は鬼無里からは一旦西に向き、神地沢のあたりから南西へ下り始め、蕎麦粒山あたりで今度は北西へ転進する。もちろん途中には、「やるー、やるー、やるー、やられるぞきっと、なっなっ」のトンネルがある。(詳しくは写真のある去年の記事を参照のこと。)トンネルを抜けたところが急カーブで、矢印標識が並んでいるところだ。今年はトンネルの名前を見て来た。白沢洞門というらしい。
 かくて気持ちの良い高原ドライブと山道を堪能した後、車はいよいよ、白馬ハイランドスキー場の民宿街へと入って行く。ハイランドスキー場の脇を抜けると、最終的に白馬駅のすぐ傍に出、国道406号線はここで信濃大町から日本海側の糸魚川まで延びる国道148号線にぶつかって終わる。国道148号線に乗り入れて2キロ少々北上し、白馬岩岳スキー場へと入る道は、流石に通い慣れたルート。

あると 
夕食風景
 LRCは、50人とこじんまりした形をずっと守っている。これは会場であるセブンロッジのキャパでもある。

 セブンロッジに到着すると、既にプレ企画のモデルロケット打上げは終了し、アウトドアを満喫した連中は温泉を求めて近所の営業しているスパに出かけたとか。それを追いかけても良かったが、もう宿の風呂が入れると云うので、そこでまったり。石造りの浴槽とヒバがヒノキの木っ端を詰めたらしき木の香のする袋が放り込んであるここのお風呂も、温泉ではないものの結構楽しい。
 夕食&開会式と会が始まって行く直前のこの時間、CHOMBOさんや羽目仙人、今回のコンベンションのスタッフの中核に居る松っちゃんなど、スタッフを務める信州のメンツが次々と入ってくる。

 風呂から出ると間もなく食堂の方へと促される。「メシに回す気と金があったら企画に回せ」というダイナ★コンと違い、SFファン同士でペンションの一夜を楽しむというコンセプトを持つLRCは、食事も美味しい。毎回の楽しみである。
 開会前だが、簡単にゲストの新城カズマさんが紹介されて、乾杯の音頭をとる。

あると
会長挨拶
 毎年、「私は一冊も読んだことなくて」とかゲストに暴言が飛ぶのが恒だが、今年は平穏に終了。

 一旦落ち着くと開会式。いつものように国歌斉唱。つまり県歌『信濃の国』合唱。今年はサイコロの目が二つだったので、2番でおしまい。

 しかし、県歌が6番まであって、それを県民全員が全部歌えると云うだけでも、ハタから見ていて異様な県民性だが、それより凄いのは、長野県民はほとんど、他の都道府県も普通に都道府県歌を歌っていると信じているところ。
 自分の出身県の歌を知らないというと、不思議なモノを見る目でこっち見るんだよなぁ、この人たち。

 (^_^;)

 とはいえ、覚え易い節なので、毎年歌っていると、その内、歌詞カードさえ見れば(変調する4番を除いて)普通に歌えるようになって来る。
 あまりにも広い面積を持つ県域なので北信・中信・南信で利害が完全にぶつかることが多々あり、「ええい、分県だ、あいつらとは一緒にやって行けん」と紛糾する県議会で、誰かが「♪信濃の国は十州に、境連ぬる国にして……」と歌い始めると、だんだん唱和が広がり、6番までを歌い切る頃には県議全員が涙を流しながら大合唱、「信濃は一つ」「分県は止めだ」と収まりがつくという。
 近くは対オリンピック整備事業で会場の多い北信優先で道路整備が行われて、中信・南信の不満が爆発した時にこれに近い事例があったとか、長野五輪決定の瞬間に大挙して出かけていった長野県民の大合唱が始まり海外メディアはみんなこれが日本の国歌だと思ったとか、話題に事欠かない歌だ。

あると
新城カズマさんと伊豆平成さん
 新城さんが親しい作家仲間の伊豆さんを誘い、お二人でいらっしゃった。

 今回のゲストの新城カズマさんは、メールゲーム『蓬萊学園』シリーズの小説版からスタートし、『サマー/タイム/トラベラー』 で昨年度星雲賞を受賞された。神北と一緒に仕事で組ませて頂いたことは無いが、昨年上梓された『ライトノベル「超」入門』で、ライトノベルという言葉を作った頃の話に関する取材をお受けしたことがある。神北にとってもあながち無縁な方ではない。

 とはいえ、メイン企画のゲスト質疑応答は、ライトノベル研究家としてよりは、新城さんの小説家としての面に質問が集中した。

 メイン企画に続いて、やはり新城さんを迎えての、まるこ女史のお楽しみ企画。

あると
深夜のブートキャンプ。
 深夜、ビリーズ・ブートキャンプにいそしむしおぺー。決してキタキタ踊りではありません。

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