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2007/06/09

シャカリキ勇者だぞ

 「あの、売られたケンカって、絶対に買わなくちゃいけないんですか?」 天山龍也(あまやまたつや)

『小さな国の救世主 4 シャカリキ勇者の巻』鷹見一幸(メディアワークス電撃文庫 ¥590+税)を紹介したい。『小さな国の救世主』シリーズの4巻目、現状、最新刊である。

 センドルク大統領が失脚し、新生セリカスタンがキシトン大統領 のもと動き出したのを見届け帰国して以来、一年ぶりにセリカスタンに戻った天山龍也は、再び部族間闘争に巻き込まれる。中国から密かにセリカスタン入りし た潜入工作員の甘言に煽られたナガス族長老はナガス民族解放戦線を謳い、政府に反旗を翻す。
 しかしそれは、自国がキャスティングボードを握って いる地下資源市場に、セリカスタンの資源が出て来ることを嫌った中国政府による「作られた民族紛争」だった。彼等の目的は、セリカスタン内で混乱が続き資 源採掘や出荷を何年か遅らせることで、今しばらく独占状態の荒稼ぎを続けるというものだった。
 ロシアとしては、元ソ連邦で今もロシアと安全保障条約を結ぶ自国とつながりの深いセリカスタンに中国が直接領土的野心を持つとしたら、通常見過ごす訳にはいかない。
  しかし、現状何の経済的価値も戦略的価値もない中央アジアの小国が内紛で何年間か経済発展が停まるとしても、その程度のことなら、もっと直接的な見返り ——たとえば今も中国と交渉しているシベリアの天然ガスや原油の価格を、もう少しロシア側に好条件に見積もり直す等——があるのならば、「内戦」というこ とで出動をしばらく見合わせることは、ロシアとして呑めない話ではない。
 「中国から出稼ぎに来た治水工事の労働者が、ナガス族独立の悲願に感銘 し、義勇兵として立ち上がった」というストーリーが用意され、中国政府による侵略ではないと云うポーズが取れさえすれば、居住地が中国と国境を接する地区 に住むナガス族に対し、中国軍が密かに軍事支援を行なうことも容易だ。工事車両に偽装された戦闘車両が列車に乗せられ密かに国境を越えて、土木作業員と云 う触れ込みの特殊部隊要員とともにナガス族の住む地域に運び込まれた。

 「小さな国の救世主」というタイトルに、西欧的なドレスではないものの、和装でも中華系でもアラビアンでもない、しかしちょっと東洋掛かった不思議な衣装をまとった女の子の表紙。

 この表紙で、あなたは、どんな内容を想像されるだろうか?

 やっぱり、日本人の少年がどこか異世界に行って活躍するファンタジーだろう? うむむ。まあ、そう思うのが当然かもしれない。
 しかし、これはそういうファンタジーではない。ポリティカルフィクションの傑作である。
 しかし、日本人にとってそこは一種の異世界であるという見方も出来る。日本の暮らしの延長でもなく、映画やテレビでよく見る欧米の暮らしとも地続きでない、全く違う価値観と世界観を持つ人々の中に、主人公は放り込まれてしまうのだ。

 この作品を誰に読ませたいかと云われれば、まずは高校生だろう。社会科の授業の欠落点を補う現代史のサブテキストとして、まず読ませたい。
 これは、小説でありながら(or小説だからこそ純化して)冷戦後の世界がどんな損得勘定で動いているのかとか、ニュースで見る民族紛争と呼ばれる内戦が何故起こるのかとか、民族浄化ってどういうことだとか、そういう学校で教えてはくれないがホントは必要なことが詰まっている作品だ。
 だからといって、大きな本屋に行って『戦争・平和』とか『社会』とか『国際情勢・紛争』とかのコーナーで売っているいくつかの本のように、高価な上に読むことが苦痛になるような内容でも無い。
 主人公の目を通して作品世界を見ているうちに、自然とそういうものの見方による思考法が養われてしまうという、魔法のような小説なのである。

 その上、まあ、お話しなので、恋あり危機あり都合のいい助け舟あり、うっそ〜ん! うっそで〜! ……と叫びたくなるような愉快な展開もあり、ちゃんと面白く読める小説として出来上がっている。

 もちろんこれはライトノベルであり、社会や人間の感情はある程度記号化され純化され、明快に描かれている。本来もっと大勢の人の思惑でにっちもさっちも行かなくなるのが常の民族紛争や権力闘争が、少々誇張した極端な性格設定の(「キャラ立ちした」)キャラクターたちによってざっくりとモデル化され、もの凄く切り分け易くなっている。現実社会なら連動し絡み合っているはずの事態をあっさりと切り分けて、ばっさりばっさりとやっつけて行くから、何度も押し合いへし合いをしているうちに双方何のためにこれをやっているのかわからなくなるような泥濘に陥ることなく、サクサクと物語が進んで行く。

 自分と同じ名前の「天山(テンシャン)山脈」をこの目で見てみたいと中央アジアの国を訪れた天山龍也(あまやまたつや)が少数民族キンリ族の姫巫女と出会ったがために巻き込まれた、「日本では誰も知らないような、小さな国の小さな戦争」をあなたも是非体験して欲しい。その中で、きっと「突き詰めて考えると、戦争・闘争って何? それを終わらせるって何?」ということを起点として、世間や世界が見えて来る。
 しかもヒロインは美少女で、ほかに美人兵士や幼女工作員・美人エージェントや献身的な女性公務員と、萌え要素の配置もバッチリ! (ホントか?)

 楽しくって為になる。これを読まないのは勿体ないぞ。

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