動いて来るぞ
「じゃあ、ロンドンにさからった都市は片っぱしから焼きつくされてしまうんですか? そんな力を手にしたからには、マグナス・クロームはもうこわいものなしだ!」
ペリパテタイアポリスの商人
『移動都市』フィリップ・リーヴ/安野玲 訳(東京創元社 創元SF文庫 ¥940+税)
トム・ナッツワーシーは、ロンドンに住む少年。史学ギルドの三級見習いである。
彼の住むロンドンは、歴史深い街。約千年前の最終戦争「60分戦争」の後に地殻変動が続き地上の都市を維持することが不可能になりつつあった時代に、巨大なスチームエンジンとキャタピラを着けて最初の移動都市となり、都市淘汰主義(ダーウィニズム)時代の端緒を拓いた由緒正しい文化的都市である。
都市淘汰主義。それはまさに、ダーウィンの淘汰主義(ダーウィニズム)を移動都市同士の関係に取り入れ、適者生存と資源の有効活用を可能とする、この時代の文明の様相そのものであった。“狩り場”と呼ばれるユーラシア大陸中西部で、大きいものが小さいものを狩り、その資材や人材を自分のものとして都市を拡大する。さらにそれをもっと大きい都市が狩る……という移動都市の時代は、およそ千年続いている。その間に、豊かな都市が幾つもの衛星都市を作り、それを付き従えて艦隊のように行動することもあったし、賊が小さな都市を乗っ取って海賊都市として、周囲の弱小都市を次々に襲うこともあった。
しかし、移動都市同士の食い合いを否定し、地上に住む野蛮人たちの「反移動都市連盟」もある。その中核は、天山山脈の要塞都市バトモンフ・ゴンパに護られた大陸の東端にあって、この素晴らしき都市淘汰主義に対する策謀を巡らせている国シャン・グォだ。ある日トムは、小さな都市を捕獲せんとしていた時に、職場放棄してお祭り騒ぎの見物に出かけ、その罰として捕獲した都市を解体するロンドン下部の“ガット”へ派遣された。工学ギルドの連中が、大観覧車ほどもある巨大丸鋸で捕獲都市を引き裂き、分解してロンドンの一部とする作業の中で、栄えあるロンドンの餌食となった哀れな都市の後世に残すべき美術品の数々を、ガラクタとして処分し火炉にくべてしまわぬように、解体作業を監視するという、重要だが忌むべき仕事を罰として与えられたのだ。
ガットは、下級スラムの労働者や、刑務所の服役囚が働いている臭くて、暑くて、恐ろしい、およそロンドンの一般市民が赴くことは無い場所なのだ。
しかし、尊敬する史学ギルド長サディアス・ヴァレンタインと同道出来ると知り、トムにとってはバラ色の時に変わった。しかも、ほぼ同い年のヴァレンタインの娘、キャサリンも同道していた。ロンドンでもトップクラスの令嬢でありながら、トムを見下すどころか、同格の友人として扱おうとするこの天真爛漫な美少女に良い所を見せたくて、トムはますます張り切っていた。だが、そこで事件は起こった。
捕獲された都市を解体した資材がロンドンの建設に使われるように、捕獲都市の市民は職種や技能・階級などに応じて、ロンドン市民としての立場と生活の場を与えられる。その審査の列に並んでいた一人の少女が、唐突にヴァレンタインに斬り掛かったのだ。
トムが少女に飛びかかって、すんでの所でヴァレンタインの命を救った。逃げる少女を追いかけたが、ダストシュートから市外に逃げられてしまう。このダストシュートはロンドンのキャタピラ群の間を縫って火炉の燃えかすを投棄するための物だ。転がり方が悪ければ地表に出た直後にキャタピラに踏みつぶされる危険な脱出路だが、追いつめられた少女は躊躇しなかった。「あいつ(ヴァレンタイン)に聞きな! ヘスター・ショウになにをしたんだ、って!」と言い残し、ダストシュートに飛び込んだのだ。
追いついて来たヴァレンタインに事の次第を説明するトム。すると、ヴァレンタインは「ヘスター・ショウ」という名をトムが口にした途端、彼をダストシュートに突き飛ばした。
訳も判らぬままロンドンを追われたトムと、謎の少女ヘスターの冒険は、ここから始まる。
はい、ここから先、ちょっち、ネタバレしますよ!
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一読すればすぐに判ると思うが、これは、『未来少年コナン』や『風の谷のナウシカ』・『天空の城ラピュタ』といった、70〜80年代の宮崎アニメに非常に近しい世界。
今から何千年か先の発達し切った科学力がもたらした「60分戦争」で文明を失い地殻すらガタガタにされた世界には、巨大なキャタピラに乗ったあまたの都市が蒸気機関で走り回る。
偶然知り合った少年と少女は、数々の冒険や、導いてくれる人の力を借りて、大きく成長して行く。そして、悪の支配者の策謀する、少女の母から悪漢が奪って行った古代の超技術の秘密を解き明かしてロンドン無敵の武装都市にし、世界を征服しようという恐ろしい計画を阻止するため、奮闘する。
七層からなる壮麗なロンドンがキャタピラをきしませて駆ける荒野、奴隷売買や海賊行為に走る小さく貧しい街々、数々の飛行船が舞う大空、飛行船たちの空中母港エアヘイヴン、地に生きる人々の要塞が夕陽に映える山脈。美しいイメージの奔流の中、時折姿を見せる過去の遺物の超科学や、いびつに巨大技術化した蒸気機関の活躍する世界。
都市と都市が食い食われ、淘汰を繰り返す千年の夢の果て。淘汰が行き着こうとしている時代に、ロンドン市長にして工学ギルド長のマグナス・クロームが描く危険な未来とは? 第二の主人公となったキャサリン・ヴァレンタインと工学ギルド見習いベヴィス・ポッドの運命は?
うむむむ。こいつぁ面白いぞ。まず、イメージが鮮烈なこと、主人公たちがどんな逆境の中にも自分を見失わないこと、その主人公たちに絡んで来る登場人物が、これまたどれも面白いこと。この特質のバランスが絶妙に良い。そして、トムたちの流浪の旅と、ロンドンではからずも父親の陰謀を暴くことになるキャサリンたちの冒険が交互に描かれる構成は、二つの物語がどう一つに繋がって行くのかと、読者をぐいぐいと引きつけて止まない。
本来、児童文学として書かれただけに、この時期、中高生の夏休みの課題図書に持って来い。
でも、本当に読んでもらいたいのは、近頃、ハラハラドキドキとはちょっとご無沙汰の大人たち。
冒険、しませんか?
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