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2007/08/03

渋谷の兄妹殺人事件の親の証言は何か変だぞ

 7月31日に東京地裁で、渋谷の歯科医師邸で昨年末に起こった、三浪中の兄が劇団に所属して女優を目指していた妹に「夢が無い」と云われてカッとなり殺してしまった……と云う悲惨な事件の公判があった。
 遺体の切断作業の後に肉厚のカツサンドを食ったなんていう、——聞いてる分にはびっくりだが、自分がもし何かのハズミでそういう作業を強いられたとして、それで腹減ったら、何サンドなんてコトは一旦置いて、とにかく食いたくなるかもしれんなぁと食いしん坊の神北は思わなくもない——センセーショナルな状況が明らかにされるとともに、両親の証言があった。

 日刊スポーツの2007年8月1日の記事『渋谷短大生殺人、兄の異常行動判明』によると、公判内容はこんな感じ。

 東京都渋谷区の歯科医宅で、短大生武藤亜澄さん(当時20)が殺害され遺体が切断された事件で、殺人と死体損壊の罪に問われた兄の元歯学予備校生勇貴被告(22)は7月31日、東京地裁(秋葉康弘裁判長)の初公判で起訴事実を認めた。弁護側は責任能力を争う姿勢を示し、遺体解体後に勇貴被告が「何らためらいもなく肉厚のカツサンドを食べた」などの異常ともいえる行動に出ていた、と指摘した。

 勇貴被告は第1ボタンまでしっかり留めた白いワイシャツ姿で入廷。裁判長から「起訴事実に間違いありませんか」と聞かれると、小さく「ないと思います」と答えた。

 検察側は冒頭陳述で「『わたしには女優になってスターになる夢があるけど、勇君が歯医者になるのはパパとママのまねじゃないか』などと親の物まねをしているだけと見下され、うっ積した憤りが一気に爆発し『黙らせるには殺すしかない』と決意した」と犯行の動機を指摘した。

 一方、「犯行時は心神喪失か心神耗弱の状態」と主張する弁護側は冒頭陳述で、遺体のでんぶの肉や胸の肉がそぎ落とされ、陰毛がそられていたこと、体内から取り出された臓器が水で流し洗いされていたことなどを指摘。勇貴被告は「過度の潔癖性でぬるぬるしたモノを触ることはできない」とし「通常の被告には到底できないこと」とした。

 既に精神鑑定も求めている弁護側は、勇貴被告が遺体解体後に「何のためらいもなく」肉厚のカツサンドを食べていたことや、事件当日、遺体を置いた自室で「ぐっすり寝ていた」こと、翌日からの予備校の合宿ではそれまで身の入らなかった勉強に集中できたことなども挙げ、「被告人の行動は異常としかいいようがない」と主張した。

 さらに「被害者の問題行動が犯行の誘因」とし、気が強かった亜澄さんが両親に対しても「不条理な攻撃性を向け、父親は悪意に満ちた発言により泣かされたこともあった」とした。亜澄さんが高校生時に家出し衝動的な異性遍歴などの「問題行動」を繰り返し、3年時から援助交際を行い、ファッションヘルス店で風俗嬢として働いていたとも指摘した。

 この日の初公判では勇貴被告の両親、兄が弁護側証人として出廷。父親は「きょうだいげんかをしても自分からは絶対に手を出さず、手のかからない我慢強い子だった」などと同被告をかばう一方、亜澄さんについては「攻撃的で感謝の念に欠けていた」。母親は「亜澄はずっと機嫌が悪く、勇貴は受験のプレッシャーがあった。時期が悪かったと思う」と証言した。

 犯行時、勇貴被告は大学歯学部入学を目指し3浪中。両親と祖父は歯科医で、兄も有名私大歯学部に進学した家庭で育った。

 この公判、例によって「犯行時は心神喪失か心神耗弱の状態」という最近のこうういう事件ではお定まりの弁護人の主張などを見ると、被告側は「犯行時、はたして犯人は罪を問える状態にあったのか?」というトコロに主眼を持って行きたいようだ。

 しかし、弁護士の強引な論点の持って行き方より気になったのは、この両親の証言だった。

 これに関し、オーマイニュースの中村 泰士氏の投稿『渋谷歯科医師宅事件で感じた、「夢」への違和 妹殺害の背景にある“時代の空気”の論旨が、神北の感想と真逆だったのでびっくりした。

 「私には女優になる夢がある。勇君(兄)が歯科医師になるのはパパとママのまねじゃない」。そう妹は兄をなじった。果てには、夢がないから駄目なんだ、と兄を罵ったという。

 両親の生業を継ぐ──それは夢になりえないのか?

 私は妹のこれらの発言に違和感を感じずにはいられなかった。まるで、夢を持っていることが偉い、とでもいっているような気がしたからだ。たしかに 今の日本社会には、そういう空気が流れているかもしれない。たしかに夢があることは素晴らしい。しかし、特にこれといった夢を持っていないとの理由で人を 否定するのは、あまりに驕った考えだ。

 という部分に、両親の証言とリンクした、もの凄い違和感を感じた。

 この妹、両親の証言を聞くに、いかにも可哀相な娘である。……と神北は思った。

 彼女がやりたかったことは、本当は、(物理的にも精神的にも金銭的にも、とにかくあらゆる意味で)この家から抜け出すことだったと思う。多分、女優になると云うのはそのためのただの手段でしかなかったんじゃないかな。

 「きょうだいげんかをしても自分からは絶対に手を出さず、手のかからない我慢強い子だった」という、両親の信じた兄像が本当でなかったのは、我慢の限界が来たときに一気に「殺す」という選択肢にまで飛んでしまったことからも容易に想像出来る。これは結局、我慢強いのではなく、単に気が弱くて言い返せずに鬱屈を溜め込んでいただけだ。プレゼンテーション能力やら交渉力の欠如が直接の原因では無いのか。
 それを「我慢強い」という風に見て、「良い子」扱いしてしまう両親が、何度浪人しようと自分たちの敷いたレールを行こうとする兄を善とし、そこからドロップアウトしそうな頃から常にこの妹を全否定するという空気を、家庭内に作っていたのではないのか?

 「不条理な攻撃性を向け、父親は悪意に満ちた発言により泣かされたこともあった」とか高校生時に家出し衝動的な異性遍歴などの「問題行動」を繰り返し、3年時から援助交際を行い、ファッションヘルス店で風俗嬢として働いていたとかの話から見えて来るのは、残念ながら、奔放な娘に振り回される家族と云う図ではない。両親の作る空気に兄は従順に従い、別の方向に興味を抱いた妹のことは常に頭ごなしに否定で、全く家族の誰もが理解を示さない。遂にキレた娘の反撃すら「あいつはおかしい」という評価以外のものは一つも引き出せないという、封建的に凝り固まった家庭の図にこそ見える。

 もちろん、子供も居らず、兄弟姉妹もいない神北がこんなことを言ってみても、説得力が無いかもしれないと云う自覚はある。あるが、敢えて中村 泰士氏の投稿に異論を挟みたい。

 「夢を持っていることが偉い、とでもいっているような気がした」というのは、この被害者となった妹の発言からスタートした極めて皮相的な見方ではないのか? 本来、見るべきは「そう云わないと潰れてしまう所まで妹を追いつめた家庭環境」なのではないのか? 彼女の「攻撃性」と両親や兄が見ていた部分は、本当に性格から来るものだったのか? 家の中で孤立し、追いつめられ、もうこれより先が無いと云う状態で彼女に出来た最後の抵抗なのではないのか?

 人間は自分の見たい世界を見るものだ。だから、歯医者同士ご夫婦が、自分たちの子が兄妹二人とも歯医者になって歯科医院の跡を継ぐと云う未来を思い描くことを否定するつもりは無い。これが両親の望みだった以上、三浪しても親の夢に向かって歩き続ける兄と、高校時代から早々とドロップアウトを決め込んだ娘とでは、一見、兄が「いい子」で妹が「悪い子」に見えるのは、判らなくはない。
 しかし、そこで世界観を固定してしまい、一生そのスタンスを固定したままというのは如何だろうか? 世間も子供も常に変化する訳で、それを無視してずっと昔思い描いたままの世界の持続を願い、新しい要素を排除し続けようとすれば、普通は反発が起こるものだ。
 巣立つ前の子供がそんなことに陥らないようにすることこそ、親の仕事だったのではないのだろうか。子供に良い進路を指し示してやることも必要だろう。子供が自分の進路を誤ったのならば止めてやることも必要だろう。だが、子供の進路は子供のもの。子供の人生は子供のもの。どこまでも親のエゴが優先されるべき場ではないと思う。

 そもそも、この女優を目指していた妹の立場を両親が認めていれば、妹の方も、親と同じ道を選んだ兄の選択を認めていたのではないか?

 無論もうこの亡くなった妹から真相を聞くことは出来ない。だが20歳の、夢と希望に溢れていて良い年頃の娘が、「夢の有無」なんていうことで兄を責めたり、兄がそれを理論だって反論出来ずに鬱屈したあげく、(衝動的なのか計画性があったのかはまだ不明だが)殺人にまで及ぶという、事件の裏には、兄妹どちらもが抜け出し難い、深い闇があったのだと思う。窮屈な家庭に一番最初に悲鳴を上げていたこの妹を、両親はもっと見てあげる必要があったんじゃないだろうか……。

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コメント

すばらしい洞察力です。中村 泰士氏の発言からこの人の人間的浅さがわかる。あなたの 家族の裏をしっかり読み見抜く鋭さ そして温かさは心から共感できました。

投稿: りえ | 2012/12/21 20:06

りえ さま
 遅くなりまして済みません。しばらくブログを放置している間に、5年半も前のエントリーに感想を戴いていたとは。しかも、過分なお褒めを戴きまして、汗顔の至りです。
 この事件、2009年に懲役12年が確定したようです。すなわち、妹を殺した兄は、30代半ばで刑務所から出て来る計算です。その時、家族はどうするのでしょうか。多分僕らはその後の話を知る事はないと思いますが、平均寿命を考えれば、まだ人生の半分に達したかどうかでしょう。その歳で学歴は高卒、社会人経験というか、なにか働いた経験一切無し。再び歯科医師を目指すというのも難しいでしょうが、どう生きて行くのでしょうね。

投稿: 神北恵太 | 2013/02/13 03:52

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