永代料だぞ
[問1]あなたは今、ネット内で何事かを発信する場所を持っていますか?
2chがメインフィールド? ふむ。匿名の発言で良いのであればそれもひとつの方法。
自前の掲示板を使っている? もちろんそれもありですな。
mixiその他のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)? それも流行りですな。
BLOG? そう、短い文章も長い文章もそれなりに書き続けられて、楽しいよね。
ページを一から作っている? ほー、それが一番の正統派ですな。
[問2]その発信スペースは、有償ですか? 無償ですか?
有償スペース? 月額いくばくかの費用分担で借りているのですね。coco-logとかかな。
無償スペース? 広告収入とバーターとかで、只でスペースを借りているんですね。mixiとかかな。
自前スペース? ほう、ドメインをとって、自分のスペースでの発信ですか。
[問3]そのスペースの発信情報、あなたの死後はどうなりますか?
3年前に、亡くなった知人が居る。SF界の、今となっては随分古いキーマンの一人だった。いくつもの大会で、参加者としての彼を迎えたし、いくつかの大
会ではともにスタッフとして働いた。ごく普通に暮らしていたし、ごく普通に仕事をしていた人だが、ある日、唐突に亡くなった。その前の日まで、いや、その
日まで、普通に働き、遊び、普通にネットで仲間とコミニュケートしていたのに。
しかし、この人のネットでの発信は、今も残っている。
有償サービスならば、故人の口座閉鎖やカード解約によって支払いが滞れば自動的に、速やかにID停止・解約される。だが無償サービスのはてなアンテナ
やmixiならば、ユーザが亡くなったことを入金等で確認出来ないため、いつまでも残る。運営会社がサービスを停止したり、最悪、倒産したりしない限り、
無くなりはしない。
とはいえ、こんなこともある。
20年ほど前、パソコン通信の黎明期に、既にNIFTY-Serveがあった。当時は、NIFTY-ServeやPC-VAN、Ascii-NETなどの大手パソコン通信ホストだけではなく、それと並列して小さな零細運営ホストが林立していた。
当時の個人が電話回線にホストを繋いで会員に解放した小さなパソコン通信ホストは、たった1回線を会員が一人ずつ順番に利用するから、当然チャットなんて出来ない。掲示板(BBS)に順番に書くか、ホスト内のメールで会員間の連絡を取るぐらいしか使えない。とはいえ当時まだ高価だったハードディスク(20メガバイトぐらい)をパソコンに繋ぎ、ホストを運営している方が結構おられた。複数枚のRS-232cボードと同じく複数の回線を用意して、中規模パソコン通信ホストを運営するという、個人やグループもあったようだ。しかし、個人負担の電話料の支払いが途絶えたら閉まってしまう小さなホストと違い、ニフティサーブ等の大規模ホストは盤石に見えた。
当時、こんな話を良くしていた。
俺たちは、毎夜毎夜、RTC(リアルタイムチャット)で話し込み、こんなに仲良くなっているが、通信の上でしかお互いを知らない。例えば、明日、この中の誰かが渓流釣りにでも出かけて行って、鉄砲水に巻き込まれて死んでしまったとする。すると、これはちょっとした事件だから新聞沙汰にもなり、テレビでも放映されるだろう。当然、被害者の名前も顔写真も出るだろうが、ハンドルネームを使った文字コミニュケーションでしか交流していない我々は、本人が公表していない限り、報道される名前と友人のハンドルネームをつなげて考えることが出来ない。残された遺族も、そんなパソ通の友達がいるなんて思いもしないか、知っていたとしても連絡を取るすべを知らない。かくして、友の死も知らず「あの人最近来ないね」「他に興味が移ったかな」で済まされちゃうんだねぇ。
まあ、寂しいが、それが当時のパソコン通信ユーザの立ち位置だった。しかし、逆もまた真なり。
もし明日、突然あなたが死んだとしても、NIFTY-Serveとフォーラムが残る限り、その発言は保存されて残って行く。
と言う話も有りだった。無論残念なことに、ニフティ社は残ったが、あれほど盤石に見えたパソコン通信ホストのNIFTY-Serveとフォーラムは、それから20年と待たずに、消散してしまった。
死んだ知人のページを3年にわたって保存して来たmixiも、いつ、サービスを停止したり、会社が倒産したりするかは判らない。そうならないにせよ、方針転換による「有料化」という可能性もある。有料化されたら、払う人が居ない故人のページは消えちゃいそうだ。
そろそろ、「書き主が死ぬ」ことに対応したサービスって、登場しないかなぁ。
要点は一つ。永久に書いた内容を消さないこと。
たとえばBLOGだとすると、死んだことでメンテが出来なくなるので、SPAMとかが付かないようにコメント機能・トラックバック機能を停止し、静的保存すること。
たとえばSNSならば、やはりコメント機能を停止し、最終アクセス時間はもうそれだけでは意味をなさないから、最終アクセスとともに、故人のページであることを明示する。
死亡が確認されたら、あらかじめ登録しておいた遺言発言が書き込まれるというオプションサービスも良いな。
現在のハードディスク容量の増加っぷりから行けば、5年10年経てば、昔膨大な領だと思ったものがディスクの端のゴミみたいなものになって来る。であれば、当座数年分の費用さえ捻出出来れば、後はオマケみたいなもので、さほど労力も費用もかからずに提供出来るサービスになっているはずだ。
死んだ人の記録なんてどうするのかという声もあるだろうが、考えてみてほしい。たとえば、六十数年前の終戦直後やら、百数十年前の幕末期の日記が大量に見つかったら面白くないだろうか。それがたとえ有名人ではなく単なる市井の者であれ、時代に生きた人々の日記、日々の暮らしの中でニュースから感じたことや、天気や自信の話、政界の話題、戦争や事故、災害や面白いイベントのことから、風俗や習慣、行事などのことが、手に取るように読めたら面白いとは思わないか。
さしずめ今なら、テレビ番組の話など、5年経てば殆ど放送局の記録にも残っていないような放映時間とか、いろんなことがBLOGやSNSの書き込みから読み取れるに違いない。
これは、故人の思い出を止めるという個人的な需要だけではなく、10年20年も達てば、立派な文化遺産・文化資料に他ならない。だから、そういうものを消してしまわないように、保存する意志を持つ人のページを静的保存するサービスが欲しいのだ。
いっちょ、こういうサービス始めませんか? 仏教の永代料みたいなもので……。>大手BLOG・SNS業界関係様。
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