訃報続きだぞ
野田さんに最後にお会いしたのは、ついこのあいだ、まだ2ヶ月と経ってない4月の9日のこと。友人の笹本祐一くんに誘われて、用賀の介護付有料老人ホームに2人でお見舞いに伺った。
野田さんは、三年ほど前の脳梗塞以来、あまり体も自由が利かず、喋るのも苦手になっておられるそうで、ときどき「そうか」とか「うん」とか短く間の手は挟まれるものの、どちらかというとこちらが喋り、頷いていただくという具合。笹本くんが提供する航空宇宙関係の新情報に、目を細めて聞き入っておられた。
とはいえ、ご飯もおかゆとかではなく、普通の硬いご飯を食べておられるという話だった。その時は、それなら安心ですねという話をして来たのだ。
返り際、握手をしていただいた時に、
「2009年の日本SF大会は、熊倉がまた栃木でやることになりました。もうじき、ゲスト案内をお送りいたしますので、是非お越し下さい」
と申し上げるとニヤリとして、「うん」と力強く頷いていただいた。
野田さんの体調が許すならば、万難を排して御呼びしようと実行委員会でも話していた。
そんな楽しい計画も、もう実現することは無い。残念である。
同じ日に逝かれたお二人の魂が安らかでありますように。
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コメント
今日泊さん、内田さん、大元帥、氷室さん……
なんだかここ数日ものすごいスピードで何かが動いているような気がします。
寂しいなぁ……
投稿: 神明寺 | 2008/06/06 21:11
神明寺 さま
こんなにも目まぐるしいのは、1989年、1月早々に昭和が終わってから、8月のダイナ☆コンEXまでの期間以来のことな気がします。
投稿: 神北恵太 | 2008/06/06 22:02
一日(この場合は一晩だろな)経って、ISSにきぼうが設置されるとか、いよいよ地上波アナログが廃止になるとか、そういうことを重ね合わせてみると、さすがに元帥と言うべきなのだろと、思います。
神北はご承知の通り、わたしだって元帥とは1世代しか違わないわけで、良き先輩であった、見本にするべき人という思いはますます強くなっています。
先週の金曜日には小学生の相手、今週は火曜日にはまた小学生、水曜日と木曜日には高校生の相手です。
良きものを伝えることの重要性を教えていただいた、と強く思うのです。
それにつけても、訃報に接すると多摩豊を思い出す。
投稿: 酔うぞ | 2008/06/07 18:26
酔うぞ さま
黎明期からのテレビというものを支え、自分の持ち番組以外にも、子供の頃にゾクゾクしながら見た『スター千一夜』の鉄腕アトムがゲストの回(アトムのアニメと、アナウンサー&セットの実写を合成し、芝居を付けたもの)なんかを仕掛けて来た野田さん。
ゲームやらパソコン通信やらのカルチャーを一番大元の時期に方向付けた多摩豊。
たしかにあの二人は、体型以外にも共通点が多かったような気がします。
今頃一緒に、飲んでいるかもしれません。
投稿: 神北恵太 | 2008/06/09 09:26