『時空改変空母 越後』だぞ
「……内閣総理大臣、田中角栄閣下。我らが帝国海軍第一機動艦隊は、ただ今を持ちまして閣下の指揮をお受けいたします。どうぞ、何なりとご命令下さい」帝国海軍第一機動艦隊 小沢治三郎中将
『時空改変空母 越後 大和の帰還』佐原晃(学研 歴史群像新書 933円+税)
1974年6月10日、オイルショックや公害問題に揺れていた日本に地震が起こった。しかし、それは我々の知る地震とは大きく異なり、日本全国が一斉に揺れ、その後、湧き出した叢雲が外の世界との連絡を妨げてしまった。
そして、6月22日、海上自衛隊の護衛艦〈はるな〉は、「あ号作戦」(マリアナ沖海戦 1944年)からの帰途にある連合艦隊と接触した。
30年の時間を越えて、太平洋戦争まっただ中の西太平洋の日米両軍と、1974年日本が出会った。時の宰相田中角栄は本国と連絡が付かなくなっている国内の米軍基地を急襲・懐柔し、強制接収した兵器を次々と日本の勢力に組み込んだ。かくして、米軍空母ミッドウェイは、越後と名付けられた。
架空戦記の歴史改変には、大まかに2種類の系統がある。一切特殊な設定や不自然な介入を用いず、技術文明も政治も一足飛びの進歩などさせぬ方向で、徐々に努力を持続して行った結果、少しずつ歴史を違う方向に向けて行く自律法。逆に、未来技術や発生しなかった事件・天変地異という、本来あり得なかったパワーを導入することで、一気に歴史を変えてしまう外挿法。
たとえば、後に発見される油田がたまたま早く発見されたために各国の政治動向・勢力地図が変わって行く『覇者の戦塵』シリーズは自律法。対して、ブーゲンビル島で死んだ山本五十六が、未来の情報を持ったまま38年前の自分の身体に乗り移り、日本を負けさせないために「後知恵」をフル活用して歴史を変えて行く『紺碧の艦隊』は、外挿法である。
大雑把な類型化をすれば、「自律法」はオーソドックスな「歴史のIF」を楽しむものであり、「外挿法」は「ファーストコンタクト・テーマ」に近しいSF的思考実験を楽しむものと云って良かろう。
もちろん何の未来技術や知識が導入されたわけでもない自律法の世界なのに、関連基礎技術すら無いまま突然「〇〇博士が××を発明」してしまう話もあるが、それはトンデモであって、この二つのどちらとも言えまい。
さて、この『時空改変空母越後』は、言うまでもなく、外挿法テーマである。1944年の日米の戦争状態に1974年の日本列島を外挿することで、それはまったく異質の戦争へと姿を変える。
キーマンは、田中角栄首相の娘、麻紀子である。
架空戦記や近未来軍事アクションでは、我々の世界とは違うのだと暗示する意味や、実在存命の人物に対する遠慮などから同音異字を使って「太郎→太朗」やら、似た雰囲気の名前に変える「美代→美代子」などと人名を変えることはよくあるが、1944年から来た小沢治三郎たちも、1974年の田中角栄たちも、そのままの名前を使っているにも関わらず、田中角栄元首相のお嬢さんにあたる現衆議院議員田中眞紀子女史と、この話に登場する麻紀子は字が異なる。どうやら、この、日中国交回復の時に訪中に同行した本当の眞紀子嬢とは異なる麻紀子なるキャラクターが、日本の戦略のキーであり、この世界の深奥に迫るキーでもあるらしい。
SFとして、奇想兵器が次々と登場する架空戦記として、大いに展開が楽しみである。
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