ヒーロー中のヒーローだぞ
「あの中には、まだ彼の一部が、彼のエッセンスが、囚われているんだ。連中が彼から作り出したあの男の中に、バッキー・バーンズの人間性の欠片が残ってるんだよ」スティーブ・グラント・ロジャース(キャプテン・アメリカ)
『キャプテン・アメリカ:ウィンター・ソルジャー』エド・プルベイカー/スティーブ・エプティング 翻訳:堺三保(小学館集英社プロダクション 2600円+税)
畏友堺三保くんより、献本を頂戴した。休眠を挿みながら70年近く続くアメリカン・コミックの中核的ヒーロー『キャプテン・アメリカ』の最新翻訳版だ。献本に感謝しつつ、むさぼるように読ませて頂いた。
第二次大戦中からのキャプテン・アメリカの宿敵であり、元ナチスのエージェントだった、レッド・スカルがニューヨークで射殺された。彼は既に自らの肉体を捨て、キャプテン・アメリカことスティープ・ロジャースの細胞から作ったクローン体に自らの意思を転写して生き延びていたのだが、兇弾はその不可侵の肉体を易々と貫き、レッド・スカルの息の根を止めていた。
S.H.I.E.L.D.の司令官ニック・フューリーは、それをソ連時代から噂されていた絶対証拠を残さない幻の暗殺者「ウィンター・ソルジャー」の仕業と断定。しかも、複数の目撃情報・古い捜査資料の中に眠っていた監視カメラ情報まで、S.H.I.E.L.D.の持つ膨大な資料を徹底的に再検索した結果、「ウィンター・ソルジャー」は、第二次大戦末に死に別れた筈のキャプテン・アメリカの相棒、バッキーことジェームス・ブキャナン・バーンズである疑いが濃厚になって来た。
さて、本書の話に入る前に、このマーベル・ヒーロー・ワールドの歴史というか、キャプテン・アメリカの経歴を簡単に説明しておこう。
「キャプテン・アメリカ」とは、第二次大戦中、アメリカで実験された超人兵士の第一号だ。1917年生まれで虚弱体質だったスティープ・ロジャースは、24歳だった1941年、特殊な血清の投与を受け、高い知能と鋭敏な感覚、強靭・俊敏・頑強な肉体。体内疲労毒をすぐさま排出してしまう驚異的な持久力、そして免疫力などを獲得する。しかし、スーパーソルジャー量産計画は、血清の開発者アースキン博士が暗殺され途絶、後には唯一無二のスーパーソルジャーとなったスティーブが残された。かくて、星条旗をモチーフとしたコスチュームを与えられ、キャプテン・アメリカと名付けられた彼は、ただ一人の米軍製超人としてヨーロッパの戦地を転戦することとなる。
しかし、対独終戦間際、北大西洋上の作戦行動中に飛行機爆発に巻き込まれた彼とアシスタントのバッキーは北海に投げ出され、消息を絶つ。とはいえ米軍の象徴たる英雄を失うことが出来ないと考えた米国政府は、他の超人をスカウトしてキャプテンのコスチュームを着せ、彼の死亡説をひた隠しにした。
本物の彼が発見されたのは、20年近く経った1964年。ヒーローチーム「アベンジャーズ」により氷漬けになったまま仮死状態で回収・蘇生された。そして復活したキャプテン・アメリカは、アベンジャーズに参画、その高潔さと指揮能力の高さから一時期、リーダーに任命された。
だが、かつてはアメリカの国家威信の象徴であった彼だが、80年代には政府の方針と激突、コスチュームを返上して、別人が政府認定のキャプテン・アメリカとなった時代もあった。しかし後にこれは政府・キャプテン共に悪人達の陰謀に嵌められていたことが判明、再びキャプテン・アメリカとなる。
1996年、エグゼビア教授(プロフェッサーX)とマグニートーの破壊衝動と邪念から生まれた精神の怪物オンスロートを倒す闘いで戦死。
多くのアメコミヒーローにあることだが、当然彼はすぐに甦った。しかし、血清投与から60年を経て21世紀を迎えたスーパーソルジャーには、9.11に始まるアメリカ苦闘の時代が待っていた。
この連綿と続く『キャプテン・アメリカ』の長い歴史の中で、今回、堺くんが訳したこの『ウィンター・ソルジャー』は、は2005年に発表された「比較的新しい」エピソードだ。そして数あるエピソードの中でも名作との呼び声が高い一作であり、後のキャプテン・アメリカ・ワールドを語る上で欠かせない「ウィンター・ソルジャー」の登場作としても、大きなキーパーツである。
北極の氷の中から発見され復活した後、キャプテン・アメリカを特徴づけていた大きなバーツに、このバッキー少年の死を防げなかったことによってもたらされた陰がある。そのバッキーが、キャプテンに敵対するものとして、60年ぶりにキャプテン・アメリカの前に現れたのだ。
かくして、なぜバッキーはソ連で洗脳されエージェントに仕立てられたのか。キャプテンのようにスーバーソルジャー血清を打たれた訳でもない彼がなぜこれだけ長期間若い肉体を維持して来たのか。洗脳されたバッキーに、キャプテン・アメリカと共に闘ったその記憶は残っているのか。いくつもの謎が渦を巻、その中を、星条旗の男が奔り抜ける。
なお、アメコミを読み付けた人には言うまでもないが、日本で言う「マンガ」や、古い時代の主線を大きくはみ出した着彩版ズレ上等の古い「アメコミ」のイメージとは全く趣を異にする300ページフルカラーの細密美麗コミックである。その圧倒的な画像の連続は、軽く映画一本の情報量を凌駕し、中で展開されるストーリーも、大河系歴史ドラマに匹敵するほど濃厚である。
練りに練られたストーリー。各世代のファンが触れて来た多くの『キャプテン・アメリカ』への追想を喚起する、さまざまな登場人物、小道具。これ等、各世代のファン誰もが納得するだけの集約がここにある。
これはちょうど、今年放映されている最中の戦隊シリーズ『海賊船対ゴーカイジャー』が、過去35戦隊199戦士のエピソードを丁寧に掘り起こし、絞りに絞って登場させていることにも似ている。
結局、長く触れ続けて来た読者・視聴者は、こういうのが好きなのだろう。
また、キャプテン・アメリカの誕生、活躍、戦死、復活、そして現在と、その長い戦歴の全体がコンパクトにまとめられているため、『ウィンター・ソルジャー』は、ここから『キャプテン・アメリカ』に入門するという人にとっても、最良のエピソードだ。
実際神北は、「月刊スーパーマン」以来、基本DCコミックス系の読者で、マーベル系のアメコミをこの規模でまとめて読んだのは今回がほぼ人生初めてだった。だが、注意深く書かれた注釈のおかげでどんどん読んで行くことが出来た。また周辺情報・基礎知識に関しても、ANNOTATIONS (挟み込まれている添付別紙)が用意されているし、また現代では、ネット上に愛好者達がかなりの情報をまとめてくれているので、昔ほど情報不足に悩まされることなく、理解のための知識は充分補填出来る。
現代の風潮にイマイチ馴染めないと悩みつつ、もう50年。旧き良き戦中派アメリカ人の理想像、キャプテン・アメリカに、あなたも是非触れて頂きたい。
なお、以下に、他の翻訳されているキャブテン・アメリカ作品も上げておく。
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